2018/06/06

蚊帳

蚊が出た。
ついに出た。

夕飯時から「ブンブン」いってるな?と気づいたが眠くてそのまま対策を講じないまま夜中になって、
羽音で目覚めて後悔しても後の祭り。

すでに何ヵ所かやられている。
痒い。
蚊取り線香を探したが、どこへ仕舞ったのか見つからない。
この間からちょくちょく蚊帳を売り場で見かけていたのだが、買っておけばよかったと、暗闇で悔やんでいる。
結局不本意ながら殺虫剤をプシュ。
マスクして寝ることにした。

明日は蚊帳を探しにいこう。

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2018/06/04

温泉・人情・ホタル狩り

熊本市の水源・江津湖に程近いところに住んでいるというのに、初夏の風物詩のホタル鑑賞をしないまま6年。私はなんと勿体ないことをしていたのだろう。
~・~・~・~・~
昨日はちょうど夕方用事を終えた娘と合流し、久しぶりに玉名のてんすいに行った。海岸線を走り丘を上って20数キロ。時刻は6時をまわっても空は明るい。さすがに6月。夏至も間近である。

ここは空と海を眺めながら入れる露天風呂が最高なので、年初に海外の友人を案内した。しばらくぶりの来訪。レストランの料理がどれも美味しいことも魅力。お腹が空いていたので、温泉の前に娘はカツ丼、私は鶏南蛮定食を注文。楽しみにしていたトマトと豆腐の揚げ出し定食が終わっていたのは残念だった。

満足の夕食のあとはお風呂。期待にたがわぬ景色でゆっくり、このところの疲れを洗い流し風呂上がり。あまりに熱いので冷たいみかんジュースを2つ買って飲もうとしたが、売店レジに人がいない。トイレにでも行ったのだろうとノンビリ待つ私たちに、通りがかった地元の人全員が「あれどうしたかね?呼んできてやろうか。」と心配して声を掛けてくれたことに感動した時に、熊本に初めて来た頃も、こういう出来事にいちいち感動していたのを思い出した。

さて、予想通りトイレから戻ってきたスタッフさんからジュースを買って飲み、車に乗って温かい心と体で長いドライブも何のそので自宅近くまでたどり着いた。このまま帰るには勿体ない夜風の気持ちよい宵である。さて?と考えたとき思い浮かんだのが、念願のホタル狩り。ここで話がやっと最初に繋がるわけ。
~・~・~・~
県立図書館辺りに車を停めて、暗い蹊で一瞬困ったら、娘が友人と日中探検したことがあると言ってすぐに芭蕉の森へ案内してくれた。明るい駐車場からすぐの場所にこんなに静かな場所があるとは、まさかの驚き。そしてそこに広がる幻想的なホタルの光たち。思い出すのは、横浜時代に参加した蛍合宿。懐かしい人たち。懐かしい色々。

心動かされ癒された日曜日。忘れられない1日に感謝♪

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経糸を張る

この頃、私ダイジョブか? と心配になる瞬間がある。
収集日の朝、集めたゴミを決められた袋に入れて持ち、玄関でサンダルを履いて扉を開け、階段を下りて集積所まで出しにいったかどうか、十中八九忘れているのである。
「うっかり出し忘れたのではないか?」と毎度大いににドッキリして確認するが、出し忘れは一度もない。
忘却の彼方に行ってしまう私の短期記憶。
また忘れたら嫌だなぁ。
もし若年性アルツハイマーだったら、と焦っている。
おりしも健康診断の案内を受け取ったところなので、数年ぶりであるが受けてみて、問診時に不安を口に出してみようと思う。
~・~・~・~・~・~・~
さて、昨日はちょっと気の進まない用事を勢いで済ませ、昼に休憩してから、機織りのギャラリーへ行った。
経糸張りの途中だったのが気になり、先に進めたかったのである。
今は染めの季節。うちのギャラリーでは今年の染めの最終日。
梅雨だというのにピーカンで燦々とお日様が輝いており、風も吹いていて絶好の染め日和。
但し朝からお湯を繰り返し沸かして作業した先生方は、かなりお疲れのもようだった。
~・~・~・~・~
簡単にはいかない経糸張り。
3メートルの長さは時間内に終わらず。
次回へ持ち越し。
とにかく170本たてた糸の長さを揃え、同じ強さの張りかたで巻き取り用の棒に結びつけるのがまず難しい。
難しい難しい。
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2018/06/02

懐かしい場所

昨日展覧会を見るために、熊本県立美術館にいった。ここは懐かしい以前の勤務場所。

  藤城清治展→https://www.tku.co.jp/event/fujishiro-seiji2018/

たまたま午前中に行った娘が、素晴らしい内容だけど会期末だから行っておいた方がいいのでは?と知らせてくれたので、久しぶりに訪れた。

熊本城の二の丸広場にあるこの美術館は、アクセスが簡単ではない。以前と違い、二年前の、大地震で通行止めになったままの道路まであるので、運転してたどり着けてほっとした。

足を踏み入れた二の丸広場の、爽やかというには強すぎる初夏の日差しに、あぁ変わってないなぁと感動するものの、任期が終わる頃の無念さも同時に甦る。私はほんとうに、美術館のたたずまいが気に入っていたのだ。辞めたくなかった。新しく職を探す元気も出ず、4月はとりあえず休養しよう、ミシンでも出して好きなことをしよう、と思っていた時に熊本地震はやって来た。だから私は余計にまいったのだった。

美術館に行ってみて目的の展覧会は予想の何倍もよかったから収穫だったが、懐かしい同僚に会えたのもよかった。連絡先を新たに交換し、かつての仲間とランチの約束をした。

いつまで今の暮らしが続くか分からないのだから、会える人に会えるときに会っておく、行きたいところには行っておく、やりたいことは先伸ばしにしない、嫌なことはしない。そうやって、未来は生きていく。

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明るい兆し

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2018/05/23

半分、青い

新しい朝ドラが面白い。

半分、青い

北川悦吏子の書く台詞がいい。

岐阜まで鈴愛を連れ戻しに来た秋風に対し、鈴愛が言った言葉。

私もだいぶ前に真剣に放ったのと同じだ。
「私には親がつけてくれた立派な名前があります。」
「名前で呼んでください。」

これはとても大事な主張。大切な人間として扱われるために、どんな人でも言ってよい言葉。

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2018/05/16

♪私のお気に入り

 この半年ほど私がとてもはまっているのは、機織りだ。以前からランチをいただけるお気に入りの店で、機織り体験できる日があるのを知り、熊本地震後の疲れを癒してみたくて出かけたのが昨年秋。

 さをり織りの機織り機がいくつかお店にあるのは見かけていたけれど、やってみたらとても簡単。日ごろ頭を悩ます問題から解き放たれ、その時間は「次はどの色を横糸に選ぼうかな?」、「なんだかどうしても赤がいいと思ってやってみたら、次はピンクにしたくなった。」なんて気ままに機織りに没頭できて、とても楽しい体験だった。

 それから本格的に習いたくなり、スクールに通いもう4か月目だけれども、なかなか基礎から覚えようと思っても簡単ではない。経糸を張るのが特に難しい。でも、糸と戯れる時間は何より自分の心を癒す時間になっていると思うから、時間を見つけては教えてもらっている。

 熊本でも思いがけず地震にあって丸2年。さて、これからどうやって暮らしていこうかと人生後半を思い描くとき、この機織りとの出会いは自分の大切な答えの一つになっていると感じる今日この頃である。

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2018/05/04

せめて平和に暮らしなさい

息子が遊びに来ています。

子どもたちは仲が良いので、二人の話題で盛り上がり、ついていけない私は毎晩、煌々と電気の点いた居間で寝入るので、あんまりよく眠れていません。

私も大分年を取り、みんながやりたいようにやればいいじゃん❗といちいち何かに楯突くことが減ったので、家の中が平和です。
子どもは伸びたい方向に伸びるのが幸せなのです。

せめて平和に暮らしなさい。そうですね、こんなに小さな単位でも、平和な食卓を囲めるのは幸せなこと。感謝しかないです♪

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2018/05/01

♪女ひとり

 女ひとり、といえば京都へ傷心旅行の歌だけれど、私はひとりではなく二人で、久々に京都に行ってきた。

 ゴールデンウィークということもあり、内外問わず観光客であふれ返った古都は、独身時代に訪れた時よりもずっと洗練されていたように思う。

 気づけば用事のために歩き回り、毎日10000歩。くたびれ果ててしまった。体力がどんどん落ちている。今度はゆっくり、時間の制約なく訪れることができたらいいなと思う。いやいや、住むことができたら素敵。

 今回の収穫は、京都国際マンガミュージアムに行けたこと。小学校だった建物に並ぶ懐かしいマンガの数々。都会のオアシス。また行きたいなぁ、京都。

 

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2018/04/25

名前を呼ばれる

 福知山線の電車事故から、今日で13年が経ったそうである。月日が流れるのは早いものだ。

 私はあの時何をしていたかというと、子どもたちを連れて横浜に帰り、体調が整ってから始めた仕事で、大岡山の東京工業大学に出かけたところだった。ちょうど昼時だったので、適当な食堂を見つけて入りテレビを見たら、あのニュースをやっていた。あまりの大惨事に言葉を失ったのを、今も鮮明に覚えている。

 それから1年後。書いた記事がこちら (←ここをクリック)。あの事故でお子さんを失ったこの記事の関係者かもしれないが、この長らく放置に近くなっているblogでこの記事の閲覧回数は多い。事故の検証が行われ誰かが責任を問われたとしても、失われた命は帰らない。人の日常とは、なんと儚く脆いものなのだろう。

 この事故で運命が変わった人が、どれほどの数に上るのか想像もつかない。あの電車の一両目に乗っていた学生が、名前を呼ばれて意識を取り戻し生き延びて、巡り巡って私の人生にも関わりを持つようになったということを、最近知った。人の運命とは、つくづく我々の願いや嘆きを超えたもっと大きなものに動かされているのだろうな、と思わされる出来事である。

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