2020/06/05

♪私のお気に入り

このブログを始めた頃「どんな人でも安心してふらっと立ち寄れる場所」を作りたいと思っていた。お気に入りの緑の小道から行ける場所に、絵本と心地よい音楽・美味しい飲み物と料理を用意して。それなのに本当に人間って不思議で、ものすごく大変な何年かを過ごしたら、そんな夢のことはすっかり忘れていた。

でもこの頃、また自分の本当に居心地のいい場所がいくつか見つかったら、その夢を持っていたことを思い出した。どこに隠れていたの、この夢は。なんで忘れていたの、私ったら。

この頃は紫陽花がきれいだ。他にも季節の色がいっぱい。梅の実を使ってシロップを作ったり、赤い紫蘇のジュースも仕込む。そういうものを出せたらいいな、と思いカフェをやっている仲間と相談。来週には炭酸水も買って、居心地のよい場所で提供できそう。

そういえばSmileというジャズの聴ける店が昨年できて、時々通っている。手作り料理も美味しい。マスター夫妻も気さくで話しやすい。そこも大好き。そこでコルトレーンの♪私のお気に入りを聴いて、本当にジャズっていいなぁと思った。居心地のよい場所づくり。コロナに負けずどんどんはやればいいなと思う。

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2020/05/27

ホタル

コロナ禍が落ち着いた訳ではないが、政府が緊急事態宣言を解除したので、町に人出が戻り、学校は順次再開。私の職場もまもなく元通りになる。といっても、今後も3つの密は避けた方がよいというのはみな共通の認識であり、全く元通りにはいかない。

そんなわけで、新しい生活様式とやらがあちこちで試されている。国や上司に言われたからではなく、自分の頭で今起きていることの原因を考え、これからの生活の仕方を決め、一つ一つ方法を練り直している最中だ。

今日はいいことがいくつもあった。中でもわくわくしたのは、職場の休み時間に聞いたホタルの噂。県立図書館の裏手でホタルを今年も見られるようになったとのこと。そうしたらいてもたってもいられなくなり、帰宅し手早く食事を済ませてから、家族を誘って江津湖へ。地元の家族連れが先に歩いて行ったので、暗がりをついてゆくと、見えた見えた。ホタルだ。

空には細い月がかかっていて、湖からはひっきりなしに蛙の鳴き声。やがて湧き水の流れる川にさしかかると、芭蕉林の暗がりにあちらにもこちらにも蛍の灯りが浮かんでは消え浮かんでは消え。夜風がそよぐ静かな夜。こんな刻がいつまでも続けばいいのに。

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2020/03/31

コロナの時代~突然の明日~

思いがけぬことで人生の落ちるところまで落ち、私は一回死んだ。それから私は、どこをどう見ながら生きていけばいいか手探りのなか、日々のことを当時はやりのブログを書くことで少しずつ元気を取り戻した。このブログはその記録である。

しかし2011年3月の大震災のあと東京から離れたいと九州に渡ってから、すっかり更新できなくなって数年が経つ。その間時はSNSの全盛を迎え、私はしばらくFacebookに写真とともに献立日記を載せて生存していた。移住は想像を超える大変なことだった。悔しくて泣き、しかし新たな友と地元の支援者を得てようやく生活が落ち着いてきたなと思ったら大地震。あれは4年前。それからまたも苦難の日々。仕事に恵まれない一方被災地ボランティア活動に精を出し、生きがいを感じながらなんとか自分らしく暮らせるようになったこの1年。状況は大きく変化した。子どもたちは成長し、それぞれの土地で勉強に励むようになりった。私は結婚前以来の一人暮らしがはじまり、この土地に住み着こうという決心がついたのだが、新たな就職で苦労。なんといってもコロナ直前の病院の救急外来の受付業務をしていたのだ。夜勤ですっかり体調を崩し、もちろんブログどころではなかった。転職しなければ身がもたないと、履歴書を書いてあちこちあたって年があけた。そして迎えた2020年は、それまでとは全く違う年になった。

今日で1年の4分の1が終わるわけだが、新型コロナウィルスという未曾有の疫病蔓延で世の中があっという間にひっくり返ってしまった。それを受け、今私は再びここにあれこれ書き込む気持ちになっている。自分の意思で外に出られるのは、今日が最後かもしれない。いや、あと数日猶予はあるかもしれないが、日本でも感染爆発が止められなくなっている。緊急事態だ。1月末に中国の武漢がこの病気のためにまず封鎖された。その頃私は月末の月に一度の上京に際し、ひとつき後は高齢の母の訪問をできなくなるだろうと思ったことは覚えている。実際2月の上京はパスした。しかし3月春分の日は、予定通り行われた親戚の結婚式のため上京した。高齢の母の付き添うためであった。逡巡の末の披露宴参加のおり、「こんなことしていられる今は瀬戸際」と感じた。帰りがけ目黒川に咲き始めた桜を見上げて、こんな日はもう二度と来ないのだろうなと思った。薄曇りの中見上げた空は、暗かった。311の後よりもっと、暗かった。そしてやはり、その連休を境に日本の雰囲気は一変した。オリンピックはついに延期が決定。コロナ感染者の発表も、日に日に激増していった。昨日はとうとう芸能人にコロナ感染による死者が出たと報道があり、もうまもなく第二次世界大戦の時以上に予測がつかない戦争に日本も突入するようだ。

こうやって「突然の明日」はやってきた。今までは当たり前のことが当たり前でなくなる未来。私は311以来楽しみを先延ばしにすることはやめてきたが、それでも色々な後悔が多い。何より残念なのは、今が念願の大学図書館勤務が始まったばかりのタイミングであることだ。若い頃の夢がとうとう叶い常勤の職員として本に囲まれる幸せを味わえたのに、明日からはどうなるのだろう。不安と心配の春である。

 

 

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2018/12/01

生きている不思議

救急車で運ばれるのは、初めてである。そんな時、追突されてレッカー移動される自分の車の中の荷物をどのぐらい持ち出せるのかとか、考えようと思っても知らないし分からない。

どうやら追突した車の運転手は助け出されて暗がりの歩道に立っているが、直接話す気にならない。助手席の娘の方が、顔をぶつけて痛そうだから、救急隊員に診てもらわなければと思う。受け入れ先を探していてまだ発車しない救急車の中で、警察官に事故の模様を簡単に訊かれたが、赤信号で停止して一呼吸おいたところで、左の後ろから衝突されたこと以外は私は認識できていないのである。

搬送された先で、歩ける私はまずトイレを借りた。それからレントゲン。その後怖くなって、スマホの着歴にある知り合いに電話をかけた。そうしたら雨の中、大分ご自宅からは遠いのにご夫婦が駆け付けてくださりありがたかった。

救急隊の到着の前に連絡がついた保険屋さんからも、何度か電話があった。救急病院の医者は、こういったら失礼かもしれないが、大変感じが悪かった。娘が興奮している私を見ているだけで気分が悪くなるとか言った。これも気に障った。警察からの電話もひどく気に障った。そんなので気分が最低のところに、優しい教会の知り合い夫婦が顔を出してくださり、どれだけ助かったことか。

同意書にサインなどしたあと、支払いはひとり1万円で、計2万と言われた。財布には連休前だから下ろしておいた一万円札が何枚か入っていたおかげで会計できた。事故にあってこんなお金まで払わなければならないとは。おまけに、家の鍵をレッカー移動された車に置いてきたのに気付いた。なんてことだ。困った。高速道路の高架下にあるような郊外の車屋に、親切なご夫婦の車で送っていただき、鍵を見つけ、そこからまた自宅まで送っていただいた。家にたどり着いたのは、午後10時半過ぎ。それから、私の保険代理店さんが代車を手配して届けてくださったのが午後11時過ぎ。

なんと長い一日であったことだろう。理不尽な事故に巻き込まれ、痛くて怖い思いをしたけれど、とりあえず生きている不思議をしみじみ感じた。24165_101390289903845_4982665_n

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2018/11/28

事故

先週のある夜、大きな通りを運転して帰宅途中、赤信号で停まった次の瞬間「ガシャーン」と追突された。

軽自動車なのであっと気づいたときには、
対抗車線に押し出されていた。すぐハザードランプを点灯させて、後続がいないか確認して元の車線を横切り左の路肩へ。
信号が青に変わったので、私の前に停まっていた車列は先へ行ってしまい、
私と助手席の娘は何が起こったのかよく理解できないまま110番。警察は、すごいたくさん通報が来てます、と言った。そうだよ、そうだ。ぶつけられたのだ私は。
確認しなくちゃ、と鍵をかけて車外へ出た。

随分後方で追突した車は横転し、運転席の人を助け出すため、大勢の人が動いていた。目撃者だという中年の女性が、てきぱきと指示を出している。

あの車に乗っていた人ですか?と尋ねられた。119番通報の途中らしかった。

続く

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2018/09/14

トロント

数日前から、カナダのトロントに来ています。
自然が豊かで静かな郊外の家で、のんびり。
友人と語り合う時間に感謝です。

これから私はどこへ行ってどう暮らすのか。
答えが見つかるといいなと思っています。

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2018/07/13

見えてきたこと

7月12日22時に朝日新聞が伝えたところによると、

「西日本を中心とする豪雨災害で、警察庁は12日、死者が全国14府県で200人に上っていると発表した。大雨特別警報が最初に出された6日から13日で1週間を迎えるが、被災地ではなお7千人が避難生活を強いられ、行方不明者の捜索が続いている。
 警察庁の12日午後1時45分時点のまとめでは、心肺停止で発見され、その後に死亡が確認された人を含めて死者は200人。府県別では広島91人、岡山58人、愛媛26人など。一方、朝日新聞がまとめた12日午後10時時点の行方不明や連絡を取れない人は、広島や岡山を中心に少なくとも67人。

 今回の豪雨では、気象庁が6日午後5時10分に長崎、佐賀、福岡の3県で最初に大雨特別警報を発表。その後、8日にかけて計11府県で出された。

 市民生活は日常に戻っておらず、厚生労働省によると、12日正午時点で広島、岡山、愛媛3県を中心に23万5千戸が断水していた。総務省消防庁によると、12日正午時点の避難者は岡山県3600人、広島県2530人など2府13県で計7085人いる。

 そうしたなか、愛媛県と同県西予市は12日、市内の避難所にいた男性(70)が急性心臓死で亡くなったことを明らかにした。市は今後審査会を開き、豪雨災害との関連を判断する。

 市によると、12日午前5時40分ごろ、心肺停止状態で市内の路上に倒れているのが発見された。男性は「薬を取りに行く」と避難所から自宅に向かっていたという。避難所では男性に異常はなかったという。

西日本を中心とする豪雨の主な被災状況
○避難者数 7085人

○家屋被害 2万4150棟

○断水 23万5千戸

○土砂災害 519件

○鉄道の運休 11事業者26路線(JR貨物含む)

(総務省消防庁などの12日午後8時までの発表による)」

ということで、被害は拡大し続けている。

九州は思いがけず7月9日に梅雨明け。私は気分を変えなければ何も進まないので、無理やり10日に書類を仕上げ提出。通常の生活に戻った。ボランティアや寄付など、被災地に思いを寄せてできることは?と考えるが、自分も熊本地震から2年経って元気回復途中。無理はまったくきかないのである。

今私はさをり織りのギャラリーに週2回通い、仮設住宅などで体験織りをしていただくお手伝いするのも、自分が元気になるための行動。そんなわけで、取り急ぎ貯まっていたTポイントをネットで募金に使ったぐらい。

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それにしても日本は最近大きな災害続き。被災者の生活は過酷なものである。被害がない人とあった人の間には、深い溝があって、瞬時にこちら側とあちら側に世界が分かれてしまう。もう元には戻れない。災害で受けた痛手は、そう簡単に癒えるものではない。個人や小さなコミュニティだけで引き受けられるものではない。

何もなければ顕在化することはなかったであろう心の歪みや社会の問題点があぶり出され、取り残された人々に繰り返し波になって打ち寄せる。
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古くから水を治めるものが国の政をつかさどってきたはずだが、一級河川のすべてにダムを建設しておきながら、本当の水害対策を進めてこなかったつけが、名もない西日本の庶民にふりかかった。気象庁が「今まで経験したことのない大雨が西日本を襲う」と異例の記者会見を行ったのは、7月5日の午後2時のことだった。しかし政府が本腰を入れて対策本部を立ち上げたのは、66時間後だったという。しかも5日の夜には、首相以下政府の要人を含む何十人もが、酒盛りに興じていたというではないか。

この飲み会に出席し記念写真に写った人々は、危機管理が全くなっていないというのは勿論のこと、国民の税金で政治家として働く人間として、その任を負うには不適格な人々といわざるを得ない。対応が後手に回ったことで、流れてしまった大事な命が幾つあったことだろう。このニュースを聞いて、私は残念というよりは怒りを抱いた。あり得ない。もうたくさんだ。国民の身に降りかかる不幸に無関心な政治家は要らない。

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2018/07/09

平成30年7月西日本豪雨

7月5日、夕方にさをりひろば江津で一斉に携帯アラームが鳴った。熊本の大雨に出た警報だった。あれから、九州の大雨に続いて、気象庁によれば過去に経験したことのない大雨が西日本各地に降るということだった。そして、その想像を絶する豪雨は本当に西日本各地を襲った。私は5日までに提出しなければならなかった大切な書類を仕上げることができないまま、今日になっている。あのアラーム以来気もそぞろ。落ち着かないったらない。

*********

週末が明けて月曜日。今日は7月9日である。共同通信によると、被害の状況は以下の通り。

「活発な梅雨前線による西日本豪雨の死者は9日、12府県で112人に上った。死者・行方不明者299人を出した1982年の長崎水害以降、最悪の被害となった。6府県の83人が安否不明で、消防や自衛隊による懸命な救助活動が続けられたが、広範囲の浸水で被害の全容は見えない。さらに拡大する恐れもある。気象庁などによると、西日本に停滞していた前線の活動は弱まり、各地で天候が回復した。ただ、これまでの記録的な豪雨により引き続き土砂災害に警戒するよう呼び掛けている。総務省消防庁によると、9日正午時点でも避難指示・勧告の対象は約180万人。」

皮肉にも、本日九州北部の梅雨が明けた。気温が高いので、湿気があろうがなんだろうが洗濯物がバリバリに乾いた。しかし心まで晴れ晴れとはいかない。今なお被災地で水が足りない中、大切な人が見つからない哀しみにある人、復旧のために働く人の気持ちはどんなであろう。

テレビを見ると、5日朝のオウム真理教幹部7名の死刑執行という不快なニュースは、この豪雨のニュースでかき消されたようだ。水道民営化という信じられないようなことが国会で決議され、アベ首相はこんな大災害があっても酒盛りだか休養だか知らないが表には出てこず、やっと本日非常災害対策本部が設置された。激甚災害に指定したのも今日やっと?雲隠れしてこそっとフランスに行きたかったのだろうか。これだけ被害が大きいと分かり、とうとう外遊はあきらめたようだが対応が遅きに失する。こんな指導者が国のトップとは嘆かわしいことだ。

平成は災害や事件続きの不幸な時代だった。厄払いに大仏建立が必要では?という巷の声も馬鹿にできない。こういう不安な民心を、独裁者がさらっていっては、本当に国が滅びてしまう。

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2018/06/23

ゴミ出したかしら?

このごろ、ごみを出したかどうか思いだせない、ということがよくある。

というか、ほぼ毎回である。

ん?

と不安になって玄関に行くと、まとめたはずのごみ袋が無くなっているので、出したに違いないのだが、忘れているのである。

こんなことを考えていた今週初め。

今度は、子どもの弁当を作り朝ごはん食べさせて送り出した後、

うっかり転寝。

気づくとごみ収集車の音がしたのではっとして、

今度はごみすら集めていなかった状態だったので、

大慌てでごみをまとめて外に出た。

ん~これはいかん。

もう少し、気を引き締めていかないとね。

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2018/06/06

蚊帳

蚊が出た。
ついに出た。

夕飯時から「ブンブン」いってるな?と気づいたが眠くてそのまま対策を講じないまま夜中になって、
羽音で目覚めて後悔しても後の祭り。

すでに何ヵ所かやられている。
痒い。
蚊取り線香を探したが、どこへ仕舞ったのか見つからない。
この間からちょくちょく蚊帳を売り場で見かけていたのだが、買っておけばよかったと、暗闇で悔やんでいる。
結局不本意ながら殺虫剤をプシュ。
マスクして寝ることにした。

明日は蚊帳を探しにいこう。

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