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2005/07/31

♪土曜日は大キライ

この歌はユーミンの歌のなかでも、結構有名なのではないだろうか。オレたちひょうきん族のエンディングテーマだったので、耳にしたことがある人が多いと思う。収録アルバムの「アラームアラモード」は、私のお気に入り。調べてみたら、1986年の作品だというので、もうかれこれ20年になるようだ。

土曜日が大キライなのは、恋に破れた女性。休日をどう過ごすかで新しい恋に期待と不安を感じているのだけれど、このごろの私は土曜は全然キライじゃない。何にも予定の無い、束縛されない土曜日。何する?とのんびり家族で考える。何をしたって、誰も怒らない。のんびりできる土曜日は、大好き。

だけど昨日は違った。我が家と道を挟んだ前の家は、子どものいない、いわゆるディンクス。その妻のほうが昨日は留守だったようで、夜中に夫とその友人たちが大宴会を開いたのである。ここは学生の合宿小屋かと私は思ってしまったくらい、隣近所に何の遠慮もないどんちゃん大騒ぎ。やめてくれ。うちには幼い子どもが眠っているのだぞ。さすがに一気飲みはしていないようだけど、とにかくうるさい。やがて、誰か近所の人が怒鳴り込む声が聞こえてくる。それでも宴会は続く。また誰かが文句を言いに行った。それでも終わらない。

夜中の2時をまわってようやくおひらきに。三々五々酔った勢いで、バイクを運転して帰っていく音がした。しかし朝、泊り込んだ人々が帰るのだろう。またもや住宅街の静寂は破られた。日曜、7時にもならない早朝だというのに。寝不足の頭でもうろうとしている夜中、頭に甦る、「土曜日は大キライ」のメロディ。こんな土曜日の終わり方もあるのだ。音の暴力。いい大人が、温泉宿でもないのに大騒ぎするなんて。私は怒ったぞ。次は絶対、許しません。

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2005/07/30

キャンパスの香り

私は週に二日、大学の図書館で仕事をしている。内容は誰でもできる補助的な事務作業。本当は司書の資格をいかしてばりばり働きたいところだが、10数年ぶりに就職するのだから、思い通りの職は見つからない。自転車で10分あまり。通勤に便利だし、専門図書館とはいえ図書館には違いない。満足して仕事を決めたのは去年の春。

通い始めて感じたのは、はるか昔に吸っていたキャンパスの香り。広々とした構内は、私の通っていたのとは違う場所でも、なぜか同じキャンパスの香りがするのである。懐かしく忘れかけていた感情が沸き起こるのを、訪れるたびに感じていた。遠い記憶のかなたにあった思い出。それは、名前しか知らず親交のなかった学生の名前であったり、何気ないあるときある場所での風景であったり。

そうしてしばらくするうちに、自分の中に何か力が湧いてきた。あの頃の私と、今の私。変わってしまったように思えるけれど、繋がっている。いっぱい笑っていっぱい傷ついたあの青春時代は過ぎてしまったが、あの頃の私がいるから今の私があるんだと。そうして一年が過ぎ、私はこんなブログをはじめることになった。

たわいもないことを綴っているようだけど、心の修復に役立つ、明日への希望が湧くという意味で、私はこの趣味が気に入っている。

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2005/07/29

仲直り

夕方保育園に娘を迎えに行ったら、朝結ってあげた髪がほどけて汗びっしょりだった。暑いので、輪ゴムで前髪を一つに、後ろはお下げに結いなおす。途端に娘が、前髪を抑え泣き出した。どうしたの?と聞くと、Mちゃんがまた(馬鹿にして)笑った!とパニック状態で泣き喚く。

またか、と思った。保育園では、危ないという理由でピン止めは禁止であるので、前髪がわずらわしくなってきたら、切るかゴムで結わえるしかない。私は結わえる派である。が、娘はそのたびに、「ちょんまげ、ちょんまげ。」とかなりしつこくからかわれていたのである。ある時から、絶対に前髪をいじらせなくなってしまった。誰に言われたのか訊くと、Mちゃんと腕白坊主の名前が出てきた。Mちゃんとは仲はよいのだが、かなり強い女の子なので、そういう時は逆らえないらしい。前髪のことを笑われたうっぷんが鬱積していたのだろうと思うと、かわいそうでならない。

思わず私は、親の出る幕ではなかったのかもしれないがMちゃんにむかって、「なんで笑うの!それがいやで泣いちゃったでしょ!」と大声でしかりつけた。ところが…今度は泣いてしまったのは、Mちゃんである。「私はやっていない。一生許してやらない。」ときた。なんじゃそりゃ。

私はそんなにすごい剣幕だっただろうか?しかし、笑ってないといわれたら、謝るしかないので「勘違いだったらごめんなさいね、でも前にやられたことを思い出してこっちは泣いてるのよ。」と声をかけたが、本人同士の話になるまで待つこと15分。やっと泣き止んだ娘が近づいていってMちゃんにかけた言葉が「ごめんね。」。なんじゃそりゃ。謝るのはあんたじゃないでしょ、と母親としては思ってしまう。馬鹿にしたほうが悪いに決まってるでしょうが。そこで謝るからあっちがつけあがるのよ!と怒りが再燃。娘の心に寄り添って考えれば、Mちゃんに嫌われるのが一番こわいのであった。

全く冷静になれない私。今朝も息子でてこずらされ、夕方は娘にてこずらされ、今日は本当に疲れた一日だった。

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宿題

息子が学習塾の宿題で悪戦苦闘している。夏期講習が今なら無料というので、友人に誘われてやる気になり申し込んだという、彼にとったら生まれて初めての塾体験なのだ。小学校4年生なので、算数は割り算や小数点の計算、国語は漢字が今のところの主な勉強内容。面白いといって通いだした。三日塾があって一日休み、という繰り返しで、お盆のころには夏休みがあるけれど、今まで勉強もせず遊んでばかりいた息子にとっては一騒動だ。

はじめてみると、毎回宿題がちゃんとでる。私も4年生から学習塾通いをさせられた口だけど、こんなに宿題をしていたのだろうか。勉強机がいつもちらかっていて、部屋がプリントだらけで足の踏み場がなかったのはよく覚えているので、プリントは毎回よくもらったようだけど。遠い昔のことで忘れてしまった。

息子は昨日塾が休みだったので学校のプール教室に行って、初めて25メートル泳げたそうだ。私にできないことができるようになって、すごいなあと思う。頑張ったのだろう。ついでに台風のときの振り替えでピアノ教室へ行ったから時間がなくなって、塾の宿題が間に合わなかったようで、昨晩から目つきが変わっている。ああだこうだと理由を言っては、勉強が大変だと言う。そうだろうなあと思う。いらいらして妹をいじめる。私が仕事で目が行き届かない間塾に行ってくれたら、という思惑があった私は、少し後悔する。でも、勉強する習慣が身についてくれたらいいなあと思ったのも、本当のところ。学校では生ぬるくて、あまり勉強に身がはいらないようなので。

全然宿題が間に合いそうも無い息子が、これからますます焦って八つ当たりするのだろうか。あ~こんなことなら、何の予定もいれるんじゃなかった。見守るにはまだ私の修行が足りない。疲れる夏休みである。

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2005/07/28

蜩・ひぐらし

夕方、庭でひぐらしが鳴いた。こんなそばではあまり聞いたことがないので、ちょっと驚く。私にとってひぐらしは、黄昏どきに遠くの森から聞こえてくる、そんなイメージなのだから。

ひぐらしを聞いて思い出すのは、社会人になり、伊勢神宮を友だちと旅したときのこと。季節は盛夏。参道の高い木々の間を渡るように、ひぐらしの声が響いていた。現在と古の時をつなぐようなその鳴き声は、今も忘れることが出来ない。

もう一つ思い出すのは、子どものころ毎年行ったプールのある山の寮。遊び疲れて家族で昼寝。遠い山々を渡るように響いてきたひぐらしの声を、まどろみながら聞いていた。。

平和なときを忘れないでねと呼びかけてくるようなその響きは、私の最も愛する夏の風物詩だ。

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2005/07/27

自転車で通り過ぎた女(ひと)

今日自転車で私の横を通り過ぎた女は、驚くべきことに、犬をだっこしていた。抱っこ紐を使って胸に抱いていたのである。犬は進行方向を見て、暑そうに舌を出していた。

私は生まれて初めて、そんな人を見た。

赤ちゃんを抱っこしながら、あるいはおんぶしながら自転車で走っているお母さんを見ては、おいおい大丈夫?いくらなんでも危険だってば、と声を出してしまいそうな私だが、犬を抱っこしているにいたっては、もう声もでない。犬は、走らせておけばいいのです。

もしかして歩けない犬だったとしたら、私はとても失礼な意見を飼い主にむかって言っているのだろうけれど、元気そうな犬だったしなあ。何かが普段と違うとすれば、今日は台風一過で、とても暑い一日だったということだけである。

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ご無礼

「ご無礼!」という元気な声に振り向くと、役所のカウンターで用の済んだ一見して70代の男性が帰るところだった。「ご無礼つかまつりまする。」というのは、時代劇でしか聞かない言葉なので理解しづらかったが、どうやらいろいろ手を煩わせてすまなかったね、という意味で区役所の職員に挨拶したらしい。

ところで、私は週に2日か3日くらい仕事で役所にでかけるのだが、気になることがある。それは、プライバシーが丸見えなこと。病院の診察の際、医師と患者とのやりとりが待合室の人に筒抜けのときに感じたことがあることなのだが、役所も同じ。

昨日は、父親が亡くなって遺産の関係で書類がほしいという人が、係りの人に親族関係の話をしていた。また、離婚届けを出しにきた人は、係りの人が他の役所に必要あってのことだとは思うが電話でその件を問い合わせている。いずれも○○様のプライバシーはその場にいた人全てに筒抜け、丸見えである。私は、こんなのご免だと思った。せめて小さな部屋で小さな声でやってもらえたら?と思う。関係も無い一般人に、なんでそんなプライバシーが知られる必要があろうか?知人がいたらどうするんだろう?個人情報保護が叫ばれ手続きは面倒になる一方なのに、カウンターでこれでは、何が個人情報保護だ?と思ってしまう。

ついでだが、「ご本人様確認できるもの、お持ちでないですか?保険証とか免許証、パスポート、診察券でも結構ですが?」というやりとりをよく耳にする。この「ご本人様確認できるもの」という込み入った言い方、これがまず気になる。「身分証明書」といえばいいだけのことだと思う。ついでに、診察券、これで身分を証明できるのか?これも疑問。ご無礼というか、失礼というか、いい加減というか、役所は私にとっては摩訶不思議なところである。

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2005/07/26

ママが作った歯

夕方保育園に私が顔を見せた途端、娘が「ママ、歯がぐらぐらしてきた!」と下の前歯を指で押して見せてくれた。遂にきたか。永久歯が歯茎の中で出来上がったために、乳歯が役割を終えようとしているのだ。

永久歯が娘が自分で育てた歯だとすれば、乳歯は母親の栄養で育った歯。「失くさなかったらママに返して頂戴ね!ママが作った歯ね!」と、娘に今から予約しておいた。

息子のほうは、殆どの乳歯を私に返してくれている。丸ごと蜜柑を口に突っ込んだはずみにぐらぐらだった歯が抜けて一緒に飲み込んでしまったときは、悔し泣きしていたくらいだ。可愛いねえ。

娘は6歳にして赤ちゃんみたいに甘えることもまだまだ多いが、また一つ成長したのだな、と嬉しいような寂しいような夜である。

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2005/07/25

痛いっ!

このごろ腰が妙に痛い。どうも、娘が泣いたときに抱っこしてあげるのが原因らしい。娘は最近20キロ。重くなったからなあ。それから、私も筋力衰えたからかなあ。

ということで、今日は長く座ってられそうも無いので、仕事を休んでのんびりしている。

一旦出かけて湿布を買って帰る。貼ったら大分楽になった。明日からは、台風で大風大雨だろうが休めないので治さなければ。旅行代金も払い込むところだし、ちょっとは稼がないとね。

息子が学習塾一日目。昼に終わったら、駅で待ち合わせしてつきあってあげよう。携帯電話ももたせたし、万事これでよし。それにしても、動作がゆっくりになってしまう。お年寄りで腰をいたわって歩いている人の気持ちが、初めてわかった。腰は体のか・な・め。大事にしなくてはいけないなあ。

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2005/07/24

オペラ座の怪人

私はミュージカルは嫌いではないが、切符買ってわざわざ行くほどではない。我が人生で舞台を見たのは劇団四季で「エビータ」と、本場ロンドンを観光旅行した際「BOY MEETS GIRL」だけ。「オペラ座の怪人」とは今まで縁がない。なんとかこじつけると、最近私が観た映画「Dear フランキー」の主演、ジェラルド・バトラーが、映画の「オペラ座の怪人」で怪人役をしていたくらいかなあ。なのに昨晩はじめて、私と子どもたちはこの怪人マスクと縁ができた。昨晩は、息子の誕生日&関東に大きな地震がきて大騒ぎたった一日だったというのに私の教会では「納涼お楽しみ会」が夕方から延々と開かれていたのである。

お楽しみ会では、はじめに礼拝があって、その後お料理タイム。みんなでジャガイモ人参たまねぎをむいたり切ったりした後、調理。カレーが煮えるまで外でボール遊びをしたあと、夜ご飯。40人で食べるカレーの美味しかったこと。私は車で何度か家と往復したのだけど、その間に地震があったらしく、まったく揺れにはきづかなかった。ほんの数分の距離なのに、私は恐怖を感じずに済んでよかった。教会のみんなは、結構揺れて怖かったようだ。駐車場の車も揺れたっていうから相当な地震だったと思う。震度5弱だったというし。

食後は花火。そして最後にデンマーク牧場のアイスが届いてそれを食べてから、今日の目玉企画、納涼きもだめしが始まった。場所は移動して、近所の神社。子どもたちは幼稚園から中学一年まで16人が、少しずつグループになって出発。神社の階段を2つ登って、境内の一番左の祠の中にあるカードを一人一枚ずつ持って帰ってくるという内容。途中道案内がいるかもしれないよ、ということで、この道案内の女の人がしていたマスクがオペラ座の怪人だったのだ。暗闇で見るマスクは、怖かったに違いないが、その女の人が以前こちらで紹介したことのある、お日様笑顔の彼女だったので、子どもたちにからかわれると追っかけてきたりほほほと笑ったりしたそうで、恐怖感は大分薄れた模様。近所では、盆踊りが開かれており、ときおり浴衣姿の祭りかえりの人が通る住宅街。出発地点の公園からの道案内として電信柱のところに立っていた私は、これでのっぺらぼうの役でもやったらぴったりかもとか、ここにお地蔵さんがあったら怖いだろうなあとか一人で想像していた。誰も通らないときには、明かりが無いころの墓場のきもだめしは本当にさぞかし怖かったろうと思ったりした。

さて無事にカードを手に入れた子どもたち、まだどきどきする気持ちのまま明るい声で感想を送迎のお兄さんに話しながら公園へ急ぐ。私の娘も息子も、興奮してその体験を語ってくれたが、この夏の宵、一生忘れられない思い出になりそうで、息子の10歳の誕生日のしめくくりにふさわしい企画に感謝した夜だった。

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2005/07/22

百日紅

梅雨があけて晴れ続きなので、毎日自転車で駅まで行く。以前ご紹介した緑道を通ると、確実に季節が夏に変わったのがわかる。

たとえば、誰が手入れするでもない百日紅。桃色の花を枝いっぱいにつけて、鮮やかに美しい。オシロイバナが道端で綺麗に咲いている。蝉の声も聞こえてくるようになった。大きな水溜りだった場所はぬかるみが乾ききって、たくさんの轍でひどい凸凹道に変わった。夏休みの子どもたちは、連れ立って虫取り網をもって獲物を探している。大きな蝶が、あちこちをふわふわと飛んでいる。

夕方になり大分暑さがやわらいで、過ごしやすい風が吹きはじめた。仕事が済んで夕食の支度に入る前に、今から娘のお迎え。今日はプールに入っただろうか。息子の方は一日家で留守番だったので、お土産にアイスを二つ買って帰り、今一緒につっついた。私のは白熊。知る人ぞ知る氷菓の一種。なかなか美味しい。息子はソーダ味のねばねばアイス。私のいないとき、読んだらどう?と置いておいた本は、手付かずだった。一人だと寂しくて、ついテレビを眺めてしまうのだろうか?私が同じ年頃には、大分読書したものだが。

明日はとうとう、息子の誕生日。忙しい一日になりそうだ。

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♪ガールフレンズ

昨晩は、嬉しい電話があった。2年前まで住んでいた町の友人から。『今テレビを見ていたらイビョンホン・のCMが入って、「ついて来れるかな」ってやってたよ。』ということ。それを見て私を思い出したという。ありがたいきっかけをビョンが作ってくれたのが嬉しい。彼女は同じマンションの3階上の住人だった。綺麗でスマート。私とは全然違うタイプなんだけど、気が合う。実は堅実で、おばさんが漬けたという沢庵をよくいただいたが、これが絶品だった。彼女は料理も上手で、何よりさりげなく人をもてなすのが上手い。子どもたちが同じ年頃なので家族ぐるみのつきあいをしている。当時私は車を運転しなかったので、よく乗せていただいた。ありがたかった。食事を互いの家を行ったりきたりしてよくご一緒した。当時の生活がとても懐かしい。それから本当にたわいもないことをおしゃべりして、いただき電話なのについあれこれと話が弾む。あとから反省はしたけれど、嬉しくてつい長引いてしまうのだ。

そのあと今度はこちらから、とある友人に電話をする。彼女とは、年をとったら縁側でお茶をすすりながらおしゃべりしたいねと言っている仲である。OL時代に教会で知り合い、意気投合。一緒に怪しげな教室でヨガを習ったりしたなあ。あの頃の私は、人生のなかで一番鍛え上げられた身体をしていた。その貴重な証人でもある彼女から、今ちょっと落ち込んでいるとメールが入っていたので、やはりそこは声を聞いて事情を聞いてみないと心配だ。いつもいざとなると私の力になってくれる優しい彼女の、たまには力になりたい。ということで、子どもたちがお風呂から出たころあいを見計らってほんのちょっとのつもりでかけた電話だったが、それがね、そいでね、と話をしていたら、30分をゆうに越してしまった。けれど久しぶりに話を聞いてみると、同じ子育て仲間とはいえぶつかる問題は様々だなあと考えさせられる。想像力をたくましくして話をきいてみたが、どれだけ力になれたことか。でも終いにはまた会いたいねという話になり、夏休みの予定を伝え合って電話を切った。

うちの子どもたちによく話すのだが、私はいい友人がいることだけは自慢できると思っている。数は多くないけれど、私の心の支えになってくれる友だち。人生のポイントポイントで広がってきたありがたいこの交わりを、私はこれからも生きている限り大切にしたい。そして子どもたちにも、私の友だちと知り合いになってほしい。一緒に遊んで楽しいときを過ごしたり、一緒に食事をしたり。子どもたちにいつも見せる母親の顔だけでなく、友だちに見せる娘のころの私の顔も覚えて欲しいと思う。

そして私の息子と娘にも、本当の友だちができるといいなと思う。人生をどれだけ豊かに過ごせるかは、いい友達をもっているかどうかにかかってくるように思うから。何も友情は、男同士に限らない。女にだって成立すると、私は思っている。

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2005/07/21

ぴよだまり

息子はあと数日で10歳になる。もう4年生なので、身体も昔に比べたら大きくなった。大好きな遊びはレゴブロック。バイオニクルが大のお気に入り。いくつ集めたのだろうか、というくらいこづかいで買い揃えている。

ところが彼には、もう一つの趣味がある。それがぴよだまりなのだ。ぴよだまりとは、たれぱんだのあと同じところから発売されたひよこのキャラクター。これが大好きで、他にもたくさんひよこ関係のぬいぐるみを集めている。私の手作りのものも含めて、その数もう何十個である。

夏休みなので、私が仕事中は家で暇な彼は、機嫌が悪い。夜、わけもなく妹をいじめて、私に怒られる。今朝も、プール教室に行きたくないと言って、散々手こずらせてくれた。朝忙しいときに限って何なの~とこちらもはじめはつんつん怒っていたが、かまって欲しいのかと思い、夜のうちに見つけておいたぴよだまりのHPを教えてあげると機嫌が直った。

誕生日にはそのお店に行って、ちょっとしたものを揃えてあげる約束をした。誕生日プレゼントにはそれが一番いいのだそうだ。幼稚っぽいと思うが、そんなこと言うのもあと数年だろうから一緒に楽しもうと思う。

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2005/07/20

娘からの手紙

兄のピアノのレッスンを待つ間、暇に任せて娘が私に書いてくれた手紙。

「ままかぜおひかずまいにちからだおだいじにしてください

それからなによりもこころとじぶんのいのちおだいじにしてこれからまいにちげんきでがんばってくらしてください

ままへ」

ママは一生この手紙を大事にするよ、というと、嬉しそうに6歳の娘が微笑んだ。

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2005/07/19

た・か・ら・も・の

今日仕事で出かけた先は、ちょっと田舎の街。ひと月ぶりだが、不便な街なのに実は楽しみがあるのでうきうきして出発。楽しみというのは、仕事先のそばにある、バリの小物がおいてあるセンスのよい生地屋を覗くこと。

初めて通りがかったときから、私の心をつかんだそのお店。仕立て屋の裏のガレージを改造してお店にしてあって、涼しげな麻やコットンでつくったベビー服やかわいい子どもサイズのワンピースが飾ってある。う~これは!!私の大好きな生地屋のなかでも、今までにないセンスの良さ。しかし、高い!!ちょっと手が出ない。端切れなら手が出そうだが、それも少しお値段が…。

そして今回が三回目。朝はまだ、店は開いていないが、SALEの文字が…。これはチャンス。昼休みに覗きに行く。お~確かに、値段が下がっている。ミシンを直線しか縫えない私には、洋服は無理だが、コースター、ランチョンマット、子どものスカート、ブックカバーくらいなら、何とかいける。実は私の家の箪笥の引き出しは、いくつか生地でいっぱい。特にクリスマス柄のものが多い。あれもこれもと何年かかけていつの間にか増えてしまった。引き出しを眺めるときの満足感。これは何にしようか?と考える楽しさ。これが、今日の買い物でまた増えてしまった。

チェック柄でいかにもブックカバーによさそうな生地の束。360円。コースター用の和風の生地16枚セットで80円。これは2組購入。ブックカバーにあわせて麻の生地、150円。などなど。しめて1290円。1時間の時給くらいでこの宝の山。にんまりにんまり。仕事の疲れも吹っ飛んで、しばらく空想しては至福の時間を味わおう。

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2005/07/18

夏本番

暑い暑いと思ったら、やはり梅雨明け。庭ではトンボや蝶が飛び交い、青葉が茂って夏本番を教えてくれる。芝生の上でナデシコが可愛く咲いている。隣の軒下では、風鈴が涼しげに鳴っている。

昼はにゅうめん。油でじっくり焼いた茄子をのせる。スタミナ不足を補うために、刻んだモロヘイヤをたっぷり入れた。食後は紫蘇ジュース。爽やかで酸っぱい。

蒸し暑く、少しじっとしているだけで汗ばんでくる夏本番。とはいえ昼下がり、風が出てきて床板の上にごろっと横になる。今日は子どもたちが出かけていていないので、ゆっくり読書。図書館の本はおいておいて、昨日妹から借りた「チャングムの誓い」ノベライズ。などなど。心地よくて昼寝。何も用事の無い夕方。明日からは連休明けの仕事。こどもは夏休みだし、嵐の前の静けさのひとときを、ゆったり味わった午後であった。

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2005/07/17

遊びと花火

遠くに見える花火大会を眺めながら、娘と姪が話していた。

「ねえ、遊びと花火、どっちが面白い?」「…………」。

しばらくしてまた、「ねえ、遊びと花火、どっちが面白い?」「…………」。

もう一度そのやり取りがあってから、尋ねられた姪が「遊びのほうが面白い。」と答えて、二人は二階から降りていった。それから二人の遊びは、夜の九時を過ぎても続いていた。

大人に遠慮して答えられなかったのか、それとも珍しいと思っていた花火があまりに遠くて、興味がとうとう失せたのか定かではないが、同い年の二人のやりとりが愛らしく印象的な夜だった。

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2005/07/16

暑中見舞い

昨日娘が通っていた幼稚園から、暑中見舞いの葉書が届いた。引っ越して2年もたつのに、先生は忘れずにこうやってお便りをくださる。ありがたいことだ。内容は、時候の挨拶と夏から秋にかけての園の行事へのお誘いだった。そういえば、昨年の夏は海水浴も兼ね、懐かしい土地を何泊かで訪れ行事に参加させてもらったり懐かしい友と会ったりしたのだ。大人も子どもも楽しかった。先生方は、わが子の成長をとても喜んでくださった。私の娘はとても元気で弾けるような雰囲気の子どもなので、主任の先生は心の中で、ゴムまりちゃんと呼んでいてくださったという。だから私も、娘のことを、ゴムまりこちゃんとか、まりこちゃんと呼んでいる。先生にかわいがってもらったことを忘れたくないのだ。

私の娘は生まれつき、ちょっとしたハンディがある。私はその治療と幼稚園にはいりたてだった息子の世話で疲れ果て、出産後はすっかりまいっていた。そんな私を、実に多くの方が気にかけ励ましてくださった。「大勢に心配された子どものほうが幸せになるものなのよ。」と、二人のハンディのあるお子さんを育てているお母さんに言われたときには、その言葉に説得力がある分、そんなこと言われたって私は嬉しくないという反発の気持ちを持ったりした。だけど何年かたって、子育てもひと段落してみると、あの言葉は真実だったなあと思う。

世の中には人の手を借りず、一人で十分楽しんでよい子育てを出来る母親も大勢いるけれど、わけあって他人の手を借りなくては子育て出来ない人もいる。そういう人たちは、引け目を感じながらなんとか生きているケースもあるだろうが、どうやら私がそっち側の人間になってみて思ったことは、子どもにとっては大勢の手にかかって育てられるほうが幸せだということだ。多くの価値観のなかで大切にされて育つことは、ときには混乱もするだろうけど、それだけ子どもを多様にする。いろんなことにぶつかっていく上で大切なのは、その多様さ、違ったものを受け入れるポケットの大きさにかかってくるように思う。植物がぐんぐん育つとき、地面の下の根っこがしっかりはっていることに眼に見える成長はかかっている。幼少期の子育ては、見えない根っこの部分を強くすること。だから私は、多くの人にかわいがってもらったわが子たちを、幸せ者だと思うのだ。

娘は小さいながら、人の気持ちをよくわかる子だ。さっそくおぼつかない字で、先生にお礼の手紙を書いた。お手紙をいただいてすぐに返事を書けるとは。わが子ながら偉いと思う。お兄ちゃんのほうは、このあいだ旧友からの手紙に返事を書くのに、ひと月もかかったというのに(考えすぎが原因か?)。兄と私のやり取りを見ていて、手紙とはすぐに返事を書くものだということを、二番目は学んでいたのだろうか。ということで、できあがった手紙を、明日早速投函しよう。先生が喜ぶ姿が目に浮かぶ。

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2005/07/15

♪なつやすみのおさかな

今日息子が学校から大荷物で帰ってきた。明日からなつやすみである。なつやすみ一日目の明日は、娘もあわせて家族でプールに行く約束をしていたのだが、あいにく娘が保育園で発熱し寝込んでしまった。これで計画は台無し。息子はとてもしょげている。

この息子がまだ赤ちゃんのとき、NHKのみんなの歌でやっていた曲で、忘れられないのがひとつある。♪なつやすみのおさかな、というタイトル。淡々とした声の女性が歌っていた。夏休みが終わっても教室に帰りたくないこどもの気持ちを歌った、とてもいい曲だった。メジャーではないので、今はどうやって手に入れたらいいものか困ってしまう。もう一度なつやすみに聴いてみたいなと思う。

この歌をうたいながら暑い夏の昼下がり、私は初めての水着を息子に着せ、ベランダで水浴びをさせたのだった。まぶしい日向とは対照的に、家の中は暗く、コントラストが強烈だったのを思い出す。水はすぐには温まらないので、お湯を混ぜたりして工夫したものだった。まだ若い母だったわたしには、夢も希望も未来もいっぱいあった。あれから何年かたって、今の私はどうだろう。ずいぶん希望はしぼんでしまった。あやふやだった将来も、輪郭が大分はっきりしてきてしまったな。そんな、なんとなく切ない思いを抱かせるような、♪なつやすみのおさかな。いまでも記憶に鮮明である。

娘の風邪がすぐに治り、日曜日の花火大会が楽しめるといいのだけれど。そして元気になったら、二人を連れてプールに行こう。お日様浴びて、楽しもう。

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2005/07/14

図書館発見!

私の町には図書館がない。コミュニティセンターにいくらかおいてあるが、土曜日の数時間しか貸し借りができない。不便だ。それに比べて以前暮らしていた町には、自転車でいける距離に図書館があったし、子どもたちの通う幼稚園や小学校はとても本に力を入れていたので不自由しなかった。そこでは親も借りられたのだが、今は違う。とても不自由だ。駅の地区センターを利用したり、隣町の図書館へ行ったりしている。

ところが今日、仕事で訪れる駅そばに大きな公共図書館を見つけた。早速入ってみる。これがなかなかいいのである。さすが東京23区。重い本をカバンにいれて持ち運び電車に乗るのだけが苦労だが、あまりの嬉しさにたくさん借りてしまう。

我が家は絵本が揃えてあるほうだ。しかしたまに読みたいというくらいの本だと、買ってばかりもいられない。ということで、今日は5冊借りてきた。久しぶりのものがいくつかあったので、子どもたちがとても喜んだ。今晩はその中から、フランセスカ・サイモン『アベコベさん』を選ぶ。夜中に逆立ちしたテレビを、暗闇の中で逆立ちしてみる一家がある。その家の人たちは生活すべてがさかさま・アベコベなのだ。自分たちが逆なのに、普通の生活をしている人のことを子どもたちに「世の中にはいろいろな人がいるのよ」とひそかに教える親なのだ。文句なしに面白かった。

私はというと、以前爆笑問題の太田光が教育テレビで書評をしていて、その知識の深さに感嘆、そのとき紹介していた向田邦子の本を読んでみたいと思った。ということでまずは『父の詫び状』。ドラマはずいぶん見た覚えがあるが(「阿修羅…」とか「蛇蝎…」とかTBSのもの)、本ははじめてかもしれない。次々に読み進む。インターネットの登録もしたので、所蔵本を調べてみるとますます興味がふくらんできた。ということで、私の図書館通いは当分続く…。

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2005/07/13

♪世界に一つだけの花

昨日の昼は、生春巻きのあるベーカリーカフェでのんびり駅前のショッピングモールを眺めていた。店の正面に花屋があったので、SMAPの世界で一つだけの花のように、いろんな花を見ていた……ら、いつもと違う品揃えなのである。

ほおずき。これはほおずき市があったばかりだから、シーズンなんだろうなと思う。一枝300円から450円といったところ。ほおずきだけ3つで200円なんて売り方もある。それから、最近気に入っている千日紅が花束や苗で売っている。かわいくて大好き。

でも、なんだか仏花が多いいのだ。買っていく人もいっぱいいる。あの人も、この人も。大抵中高年の女性や時には男性。よくみたら、お盆のためのお供えなのか?お盆ってあとひと月あるじゃない?

私の実家はまったく宗教色がない。お仏壇はあるけれど、お墓参りも滅多にいかないしな。お盆だって何もしないから私に知識がないのである。この歳になって、日本では多分当たり前の昔からの風習がわからないってことに、ちょっと戸惑ったランチタイムだった。

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2005/07/12

かちかち山

このところ毎晩息子は寝る前に、福音館の『日本の昔話』の中からひとつ選んで私に読んでもらっている。昨晩選んだのは、有名な「かちかち山」だった。かちかち山といえば、私が小さいとき聞いた昔話のうちのひとつ。親からではなく、絵本についていたレコードで聞き覚えた話というところがちょっと悲しいのだが、そうだったのだから仕方ない。今もまんがチックな挿絵のぺらぺらの昔話絵本があるけれども、そんな感じだった記憶がある。

今私たちが読んでいる福音館の昔話の方は、大変すばらしい本だ。季節にごとに日本各地の昔話を集めたもので全5冊。あの有名な世界の小澤の兄で学者の小澤俊夫さん(オザケンパパ)が、方言を標準語に書き直しているから読みやすい。挿絵は『スーホの白い馬』でおなじみの赤羽末吉。

それにしても、本物のかちかち山にはびっくりだった。畑で悪さをした狸をつかまえた爺様が家にいる婆様にそれを持って帰って、今晩は狸汁にしてくれと頼む。そしてまた爺様が出かけているすきに、狸はうまいことを言って婆様に縄をといてもらい、婆様が餅をつくのを手伝うふりをして婆様を杵で打ち殺してしまうのだ。しかも、婆様に化けて狸汁をつくったと偽り実は婆様汁をつくって帰ってきた爺様に食べさせる。そして爺様がいぶかりながらその汁を全部食べたところで狸の姿に戻り、爺様を絶望させるというくだりが前半。後半はその顛末を耳にしたウサギによる、おなじみの敵討ちの話である。

グリム童話なども実は残酷で、背景などを読み解く本もあるほどだけど、日本の昔話もなかなかである。私はおばけが嫌いだからぞっとする映画や話に普段は縁がないけれど、この日本の昔話にはいろんなぞっとする話が出てくるから興味深い。

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2005/07/11

Musical Baton

Musical Batonが光栄にもこちらにまわってきた。まわしてくださったのは、My Favoriteのミモザさん。この音楽企画についてはご存知の方も多いかと思うが、まだの方ははてなダイヤリーをご覧あれ。まるで映画の「ペイフォワード」みたいだけど、広がっていくのは善意の輪ではなくて、音楽を楽しむ人たちの共感の輪といったところ。音楽に関する4つの問いに答えてブログで公開し、そのバトンを今度は5人の人に広げるといった内容。それでは早速いってみよう。

①コンピュータの音楽ファイルの容量は、13。あってるのかな?多分少ししか使ってないからこんなもの。

②今聞いている曲。 松任谷由実(ユーミン)の「ミラクル」。

③一番最近買ったCD。 平井堅の「瞳をとじて」。

④よく聴く、または特に思い入れのある5曲。

  「朝方ムーンライト」 サザンオールスターズ。

  「246:3AM」 稲垣潤一。なんだかけだるい夏を思い出す。

  「Love Love Love」 ドリカム。「愛しているといってくれ」

  「ベルベット・イースター」 荒井由実(ユーミン)。これぞ名曲。

  「愛は勝つ」 KAN 。私の人生の応援歌。

⑤バトンを渡す5人。

 牧師さん…お忙しいとは思いますが、よろしく!happy talk…音楽室の歌を教えて! aju diary…お忙しいでしょうか?よろしく! 神の味噌汁…含蓄の深さをご披露ください! 風切音…奇蹟の興奮を聞かせて!

ということで、五つの質問すべてに答えて終了。バトンを渡されても、そこでバトンをまわさない自由ももちろんあります。期限もないので、のんびり考えても一向にかまわないそうで。でも、まわされたらすぐにどうしようか考えるのが人間ってもの。迷惑だったら、ごめんなさい。以上、深夜になってしまったのでもうおやすみなさい。

追記;神の味噌汁のsadakichiさんからバトンが戻ってきたので、トマスさんに受けていただきました。

 

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2005/07/10

天麩羅

昨日の夕食は天麩羅だった。息子が揚げてみたいというので、危険防止のため電磁調理器でメニューをフライにし、温度調節の心配がいらなかった。おかげで、ちくわとかぼちゃをきれいに揚げることが出来た。気のせいか、私が作ったときより美味しい。海老は結局下ごしらえが面倒で今日に繰越し。今晩は、またもや息子が海老と庭のシソ、ごぼうや茄子の天麩羅に挑む。油がはねたら、びっくりするだろうな。

昨晩、僕は将来天麩羅屋になろうかな、と話していた息子。それなら私にたまには食べさせてね、と言うと、来るんなら閉店間際にしてね、とちゃっかりとした返事。ゆくさきが楽しみである。

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2005/07/09

すいかゼリー

すいかゼリーをつくった。といっても、すいかの味がするわけではない。すいかに見立てたゼリーということ。伊東家の食卓で先日紹介していた。見ていた娘と息子が、あれつくって~というので、週末にトライすることとなった次第。私は、終わりのほうをちょっと見ただけなので、作り方は推測。まず、クランベリージュースを用意する必要があったのだが、これは韓国土産のジュースの素(顆粒)で代用。赤い部分に他に必要なのは種。これはドライブルーベリーを使うのだというので、緑のところのかき氷用メロンシロップとあわせ、買いに行く。製菓売り場に、お湯と混ぜるだけ、という苺ゼリーの素があったので、念のため合わせて買っておく。

さて、昼ごはんのあと製作開始。ゼラチンは固まるのに時間がかかるから、早く固まる粉寒天を使用。使い慣れないアガーをはじめて一回目は使ってみる。型は三角のものがないので、卵豆腐の型にする。クランベリージュースが固まりかけたところで、種に見立てたブルーベリーを入れてゆく。続けて緑の寒天液を投入したところで、コドモタチが大声で、全部固まらないうちにいれちゃあだめ、失敗失敗大失敗、と大騒ぎ。ちょっと混ざってしまった。がっかり。一気に不機嫌になる。早く教えてよね!

気分が換わったところで、今度は苺ゼリーの素でトライ。慎重に、きっちり赤が固まったところで緑の液を注入。型は、昼につかったラーメン丼を使用。たぶんこれのほうが、切ったとき西瓜らしいだろう。急ぐために冷凍庫で冷やす。

ハイ、今度は成功。味はというと、失敗作も成功したのも、ドライブルーベリーがマッチしていて美味しかった。たったこれだけのために、結構くたびれた昼下がり。もう夕飯の時間。今日は揚げ物に興味のある息子のために、てんぷらだ。海老の下ごしらえが実は苦手なのだけど、仕方ないやるしかない。ということで今日はこの辺で……

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2005/07/08

♪VACATION

夏休みが、もうすぐそこである。私は今年、どうしても行きたい場所がある。お日様笑顔の友人の生まれ故郷。そこへ行って、家族と夏を楽しみたい。そしてお日様笑顔で帰ってこれたら最高。

そこは島。満天の星。青い海。のんびりとしたサトウキビ畑(たぶんあるんじゃないかな)。

あ~夏休み!行きたいなあ。

ということで、お金の工面をして、日程調整をして、いろんなプランとにらめっこ中。

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ストップ!

朝顔が、今日は新しく二つ咲いた。

海の向こうからは、恐ろしい事件のニュース。オリンピックの開催が決まったばかりのロンドン。街の象徴のダブルデッカーも吹っ飛ぶとは。

言葉の通じない相手から憎悪されるという気持ちは、まさに生きた心地がしないものだろう。原因はあるとしても。

暴力は何があっても許すまじと思う朝。

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2005/07/07

♪遠雷

遠くで雷が聞こえた。家はもうすぐなのに、雨が降ってきてしまった。

思い出すのは、20年以上前の夏。発掘現場で、青春真っ只中の私たちは、遠雷の後にやってきた夕立のために作業を中断して、疲れた身体を小屋の中で休めていた。皆無言で、雷の音を聞いていた。これで夏が終わると、誰もが感じていた。

今日の遠雷は、夏の予感。また新しい夏がはじまる。                  

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2005/07/06

朝顔

朝顔が咲きました。ベランダの雨戸を開けると、昨晩の雨の名残の露をきらきらさせた葉陰に、かわいく一輪咲いていました。嬉しい。

生春巻きを食べました。この間から食べたいな~ときょろきょろしていたのですが、昼休みに仕事場のそばのパン屋さんを覗いたら並んでいました。嬉しい。

おっちょこちょいをしました。大学に届けなくてはいけない書類をひとつ、家に忘れてしまいました。がっかり。

シジミとサラダ菜を買いました。シジミ汁、身体によいし美味しいから大好き。サラダ菜は昨晩のドライカレーの残りを包んで食べようと思いついたから。楽しみ。

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2005/07/05

♪ランチタイムが終わる頃

今日も仕事が午前中に終わったので、ゆったりとランチタイムを楽しんだ。店に入ってお薦めを訊くとサンドイッチセットというので、それを注文。ゆっくりのんびりいただく。今日のお店は、どうやらハンディのあるひとたちがやっているお店らしい。ハンディのある人たちって、たしかcharenged peopleっていう言い方があるんだった。昔学校の先生が、気に入ったいいまわしなの、って教えてくれた気がする。障害者っていう言い方が、私は好きじゃない。ハンディキャップのあるひとっていうのも実はあまりしっくりしない。チャレンジしている人、charenged .これ、いいじゃない?

昼ごはんはおいしかった。お店には関係者の手作り品もいくつかおいてあった。ブックカバーがほしかったけど、600円か。ちょっと予算外。でも、今ほしい品である。讃美歌カバーがいい加減古びちゃったから、新しいのが欲しい。でも気に入った柄がないのでやめた。見ているうちに、自分でつくりたくなった。このごろミシンかけたのは、コドモタチのプレイマットをだだだ~って縫った時だけだから、そろそろ何か気に入ったものをつくりたいな。まずはミシンを出さなくては。

店を出るころには、今度はまた頭の中は一歩先へ進んで、夕食のメニューへ。今日は習い事で忙しいから、ドライカレー。何でドライカレーかというと、このあいだピクルスを作った残りのセロリがあるから。セロリなんて、刻んでドライカレーにでもしなきゃ、コドモタチは食べません。ついでにコドモタチが苦手な茄子だって、刻んで入れちゃえ。付け合せは、息子がおいしいといっているひじきサラダ。このあいだ合格点をもらったばかり。給食ではこうだああだ、と指示されて試行錯誤を重ねたもの。もうひとつ酸っぱいものが食べたいので、お気に入りの本谷恵津子さんの『今日も笑顔で台所』(婦人之友社)からツナときゅうりの酢の物。なかなかいいメニュー。これで、デザートにお気に入りの寒天ゼリーでもあれば、最高!!(*^。^*)

ということで、帰ってきたらもう息子は友達の家。まずはゼリーを仕込んだところ。今日は葡萄味。おいしそう。今から息子の友達の家に、半分持っていこう。喜んでくれるといいけれども。むんむん暑い昼下がり、ひとときの涼風を運んでいこう。

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2005/07/04

「Dear フランキー」

仕事が早く終わったので、映画を観に有楽町へ行って来た。その名は「Dear フランキー」

内容は重い。もうすぐ10歳になるフランキーは、またもや引越しだというのでうんざりしている。一緒に住んでいるお母さんは、これで最後だっていうけれど、この前だってそう言ってた。繰り返し引っ越している理由は、実は家庭内暴力を振るった夫から逃げ回っているからなのだ。フランキーは難聴である。それも父親の暴力が原因。たまりかねた母親は、小さいわが子を抱えて逃げ出したのである。耳が聞こえないフランキーではあるが、頭の回転はすこぶるよい。得意の科目は地理。世界各国の首都は全部暗記している。実は、世界を旅する船乗りである(ことになっている)父親と文通をすることを何よりも楽しみにしているのだ。彼の部屋には世界地図が貼ってあり、船の航路が画鋲でとめてある。「Dear フランキー」で始まる父親のその手紙、実は母が夫のふりをして書いたもの。世界の珍しい切手が同封してある。ところが母子が新しく住む港町に、父親が乗っていることになっている船が本当にやってくることになったから大変。幼い頃に別れた父親が、きっと訪ねてきてくれると期待するフランキーのために、母親は代役を友人に探してもらうことにする。そしてたった一日だけ金で雇われた父親、過去も未来も無い男がみつかって…。

キアヌ・リーブスの「雲の上で散歩」とか、イ・ビョンホンの「遠い路」など、代役物に弱い私。必ず涙がこぼれてしまう。だって、本当の家族に嘘がばれたら大変、とはらはらしながら観ていると、結局代役が代役ではなく、本物以上によい男で、ヒロインの心をつかむからだ。それが夢があっていいと思う。「Dear フランキー」は、こじんまりとした人間関係のなかで、シリアスな問題を抱えたヒロインが、新しい職場の友人との出会いや息子の成長・謎の懐の大きな男との出会いといった過程の中で心を癒し、新たな一歩へ踏み出す話。DV夫が重病で余命わずかと知りたずねていったところでは、さすがにがくがくした。どれだけ勇気が要ったことだろうか。観終わって忘れられないシーンは、「君が息子を守っているのだ」と代役の夫が言ってくれるシーン。それから、つかの間の父親役を終えて彼が家を出るとき、フランキーの母と長いこと見つめあうシーン。女性の監督らしいなあと思った。

感動した。けれど、完璧な作品ではないと思う。ところどころ?というところもあるから。期待しすぎず、じっくり味わってみたらよい。ひっそりと優しい作品だ。

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2005/07/03

Nを追え!

私は韓国の俳優、イ・ビョンホンのファン。はっきりいってルックスは趣味ではなかったのだが、なぜだか心が奪われてしまった。

きっかけは、仲の良い妹からのひとこと。「貴女はあれだけ冬のソナタ見たらって言っても見なかったけど、今度の美しき日々もいいよ。まだ5回までしか放送してないから、それまでの分ビデオで見せてあげる。とにかく主演の男の人がいいのよ~、声が素敵。絶対いいから見て!」という熱烈なアドバイスがあったのだ。BS2が見られるようになったばかりだったというのも手伝って、それだけいうなら見てやるか、とビデオを見始めてすっかり彼の演技力と独特のオーラにやられた。

ドラマ自体は、絶対ありえない設定。世でいわれているように、往年の赤いシリーズのよう。でも、せつない音楽、美男美女(なかには?の人もいるけれど)とひきこまれる条件は整っている。とうとう寝ても冷めてもイビョンホンふんするミンチョルのことで頭がいっぱいになった私は、歌も大のお気に入りになってしまった。遂に私は生まれてはじめて、外国語の歌を覚えよう!と決心。一ヶ月くらいで、3曲、歌えるようになった。一年半くらい前のことである。人間やればできるものだ。暇さえあればサントラを聴いていただけで、ある日すらすらと言葉がでてくるようになる。~~~マラソンという英語の勉強法があるけれど、きっとこの論理なんだろうな、と体験してはじめてわかる。この歌、絶対流行るよ、と言ったまま時は過ぎたが、ちゃんと地上波放送のころは、どこのコンビニでもスーパーでも、日本語版がかかってたもの。♪約束。先見の明あり?

と言う調子で、昨年は韓流一色だった私。元気をいっぱいもらって、やっとパワーの蓄積ができた。ありがたいことだ。今年は仕事量が増えたので、昨年ほどはのめりこまないようにセーブ。ところが、携帯電話のCM作戦にひっかかり、最初は躊躇していたのにはまってしまったのが、「Nを追え」。イ・ビョンホンが日本進出最初に選んだCMとして、まさにイメージにぴったりなのでファンとしては喜んでいる。24時間東京都内のどこにMr.Nが出没するか探す、というなんともいえない楽しい企画。壁紙を各地でゲットできるのも魅力。12時間はおまけがあるので、残りの12時間分をパソコンの前で画面とにらめっこして頑張ればよいのだ。久しぶりにお~っとパソコンの前で唸る。かっこいい。最近観た「甘い人生」とスタイルはほぼ同じだが、ノワールな内容の映画とは違い、明るい。上目遣いの視線あり、独特の歩き方あり、サービス満点なテコンドーの蹴りシーンあり、月島ではおじさんと将棋?浅草ではお相撲さんと散歩?東京と言っても渋谷や新宿だけじゃない、なかなか渋いスポットもあり楽しめる。

興味のある方は、ミッションはNを追え!「ついてこれるかな?」「お先に!」はいはい、ついていきますよ~。ということで、是非お試しあれ。

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2005/07/02

土曜版

土曜日の朝刊には、おまけがついている。土曜版だ。そのパズルのコーナーに、このごろ息子とはまっている。正解を応募すると、抽選で図書券があたるそうだが、いままであたったためしは無い。でも、クイズを一緒に解くのが楽しい。私は間違い探しなど、図形ものは弱いが、クロスワードパズルは大好き。一人では根気が続かないけれど、息子と一緒なら楽しみながら最後まで出来る。難易度は、5段階の3だからたいしたことはない。難しすぎないところも、大衆向けの娯楽としてはちょうどいい。息子がヒントを読んでくれる。7月2日生まれの?それだけじゃわかんないじゃん、と思うのだが、横山やすしとコンビを組んでいて、と続くと、お~それ西川きよしだよ、なんてすぐにわかる簡単さ。

それに比べて、夜のクイズ番組の面倒くささ。ひねってひねっている問題。こんなのわかるの?私にはちっとも面白くない。それでIQがわかっても、私はふ~んっていうくらい。全然興味なし。

先日学校の先生が、近頃はIQではなくってEQっていうのが言われるんですがご存知ですか?と保護者会のあとに紹介してくださった。こころの知能指数っていうのだそうで、いくらIQが高くても、心が育っていない~EQが低い人間は問題だ、というような内容の本を先生は読んでいる途中なのだった。おりしも、夏休みにこどもを塾に通わせるかどうかでちょっと思案中なのであるが、隠れた才能なら引き出してやりたいのが親心。人の手をかりてでも勉強できるようになって楽しいと思ってくれるなら、まあいいか。しかしそれで培われた、ものを読む力・考える力を社会力として発揮できるように、総合的なさまざまな体験を日々の暮らしでしていってもらいたい、と子どもについては思うのである。

ちなみに、クロスワードパズルができあがって最後に目を通したら、記入してくれた息子がちょっとした間違いをしたままだった。ノストラダムスならぬ、ノストラダマスって?かわいいな~。

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2005/07/01

さっちゃんと娘

さっちゃんはそれから何日か幼稚園を休んだ。お気に入りのくまちゃん人形と遊んで一日を過ごす。そしてお母さんは病院で弟を産んだ。お父さんとお見舞いに行ったあと、さっちゃんはお父さんと手をつないで歩きながら、自分はお母さんになれないのかと尋ねる。手の無いおかあさんはいない、と言われて、眠れないほどさっちゃんは傷ついたのだった。本当にそうなのかと思っていたのだ。そしたらお父さんは、そんなことはないよ、大丈夫だよ、と教えてくれる。それから、さっちゃんの手は魔法の手だよ、と言ってくれた。

さっちゃんのところに、喧嘩に加わったアキラくんがやってきて、まだ怒っているかと訊く。それからプレゼントをくれた。そんなことがあってからさっちゃんは、ようやく気持ちの整理がついて、また幼稚園に行った。そしてジャングルジムの一番高いところに上ってにっこり。下からは友達が、さっちゃんが危なくないか、気を遣って声をかけてくれる。そうしてこの絵本は終わる。なんとよくできた絵本であろう。大人も子どもも心を奪われる。深刻なことだけれども、目をそらしてはいけないことってあると思う。小さい子どもだって、知っていたほうがいいことがある。

私の娘には、さっちゃんとは違うけれども、ちょっとしたハンディがある。そのことを保育園で、根掘り葉掘り訊かれたり、変なあだ名をつけたりする子がいるといっていた。そのせいでかわいくないとも言われるといっていた。でも娘にはさっちゃんのように、きっとそれを乗り越える力があると思う。胸が痛むことばかりだが、きっとよい仲間も育ってくれるだろう。大切なことをいっぱい教えてくれたこの本、つくった人たちの人生の成熟度が伝わってくるようだ

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『さっちゃんのまほうのて』

数年前読んだ本であるが、最近とある掲示板で話題になり、またあるところでお薦めをうけたので、久しぶりに読んでみることにした。息子のほうは通っていた幼稚園にあった本なので記憶にあった。しかし娘は赤ちゃんだったので、もちろん覚えていない。

この本は、さっちゃんという元気な幼稚園に通う女の子が主人公。さっちゃんのお母さんのおなかは今まんまる。もうすぐさっちゃんはお姉さんになるのだ。さっちゃんのクラスではいま、おままごとが盛ん。お母さんになる子はいつも背の高い女の子と決まっている。そのほかに元気のいいアキラくんが、よし今日はお父さんが料理を作ってやるぞ、なんて張り切ったりしているらしい。でもさっちゃんはある朝大きなお母さんのお腹をなでながら、どうしても今日は私がお母さんになりたい、と思った。

幼稚園について先生が今日は誰がおかあさんかな、と声をかけたとき、一番に張り切ってエプロンをとりにいき名乗りを上げたのはさっちゃんだった。ところがいつものお母さん役の子がだまっていない。さっちゃんは、手が無いからお母さんになっちゃだめ、手の無いお母さんなんてへん、とみんなの前で叫ばれてしまう。そう、さっちゃんの右の手には、指が一本も無いのだ。みんなもあれこれ反対する。さっちゃんはとっくみあいの大喧嘩の末、靴もカバンも持たずに家まで走って帰ってしまう。そしてお母さんに泣きながら尋ねるのだ。指がない理由を。お母さんも涙をこぼす。お母さんのお腹の中で命の粒だったさっちゃんが、育つ途中でどうしてかわからないけど怪我をして、右の指が育たなかったのだと。小学生になったって、その指は生えてはこないのだと。(さっちゃんと娘に続く)

さっちゃんの まほうのて

たばた せいいち〔ほか〕共同制作
偕成社 (1985.10)
通常24時間以内に発送します。

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