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暑中見舞い

昨日娘が通っていた幼稚園から、暑中見舞いの葉書が届いた。引っ越して2年もたつのに、先生は忘れずにこうやってお便りをくださる。ありがたいことだ。内容は、時候の挨拶と夏から秋にかけての園の行事へのお誘いだった。そういえば、昨年の夏は海水浴も兼ね、懐かしい土地を何泊かで訪れ行事に参加させてもらったり懐かしい友と会ったりしたのだ。大人も子どもも楽しかった。先生方は、わが子の成長をとても喜んでくださった。私の娘はとても元気で弾けるような雰囲気の子どもなので、主任の先生は心の中で、ゴムまりちゃんと呼んでいてくださったという。だから私も、娘のことを、ゴムまりこちゃんとか、まりこちゃんと呼んでいる。先生にかわいがってもらったことを忘れたくないのだ。

私の娘は生まれつき、ちょっとしたハンディがある。私はその治療と幼稚園にはいりたてだった息子の世話で疲れ果て、出産後はすっかりまいっていた。そんな私を、実に多くの方が気にかけ励ましてくださった。「大勢に心配された子どものほうが幸せになるものなのよ。」と、二人のハンディのあるお子さんを育てているお母さんに言われたときには、その言葉に説得力がある分、そんなこと言われたって私は嬉しくないという反発の気持ちを持ったりした。だけど何年かたって、子育てもひと段落してみると、あの言葉は真実だったなあと思う。

世の中には人の手を借りず、一人で十分楽しんでよい子育てを出来る母親も大勢いるけれど、わけあって他人の手を借りなくては子育て出来ない人もいる。そういう人たちは、引け目を感じながらなんとか生きているケースもあるだろうが、どうやら私がそっち側の人間になってみて思ったことは、子どもにとっては大勢の手にかかって育てられるほうが幸せだということだ。多くの価値観のなかで大切にされて育つことは、ときには混乱もするだろうけど、それだけ子どもを多様にする。いろんなことにぶつかっていく上で大切なのは、その多様さ、違ったものを受け入れるポケットの大きさにかかってくるように思う。植物がぐんぐん育つとき、地面の下の根っこがしっかりはっていることに眼に見える成長はかかっている。幼少期の子育ては、見えない根っこの部分を強くすること。だから私は、多くの人にかわいがってもらったわが子たちを、幸せ者だと思うのだ。

娘は小さいながら、人の気持ちをよくわかる子だ。さっそくおぼつかない字で、先生にお礼の手紙を書いた。お手紙をいただいてすぐに返事を書けるとは。わが子ながら偉いと思う。お兄ちゃんのほうは、このあいだ旧友からの手紙に返事を書くのに、ひと月もかかったというのに(考えすぎが原因か?)。兄と私のやり取りを見ていて、手紙とはすぐに返事を書くものだということを、二番目は学んでいたのだろうか。ということで、できあがった手紙を、明日早速投函しよう。先生が喜ぶ姿が目に浮かぶ。

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コメント

応援のことば。当事者からのものなら意味がありますが、借り物の言葉は場合によっては刃物になりますね。最近、私もどなたか傷つけてしまったようです。
言われた当初、反感ってあるかと思います。当事者からの言葉だったら、やはり後日納得ってことが多いですが、聞いた当初は、あなたの状況/環境ならそうでしょうね。って具合で。
早い返答。受ける側としてはうれしいですね。できれば、熟慮入りの本編が速報の後に付くのが好きです。とはいえ、手間かかりますね。
手間を惜しんでないことが、相手に伝わる要素であるのかな?という気も。
この連休は青春18きっぷが使えない期間。体調整えるにはいい時期でしょうか。青春18きっぷにはこども料金がありませんが、ちょっと離れたところへ時間をたっぷりかけて訪問するのにちょうどいいですよ。

投稿: のり | 2005/07/16 22:20

お~青春18きっぷは、昔使ったことあります。懐かしいなあ・今でもあるんですね!
のりさん、コメントありがとね。

投稿: ののか | 2005/07/17 22:44

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