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2005/08/13

くわばら、くわばら

今日は家から少し離れたところにある老人ホームに入っている父をお見舞いに行った。息子と娘が一緒だから、何時間も一人で老人の話を聞き相手をしても、なんとか間が持った。子どもたちには感謝している。ところで私は父に対して、なんというかちょっと複雑な気持ちがあり、会えてよかった!とあちらは久々で大喜びしているのだが、こちらは、はあそうですか、というような少し冷めたところがあるのが正直なところである。

父は体が不自由になったので今その施設に居るわけだが、本当は元の家に戻りたい。母にあれこれ世話をしてもらいながら、のんびり家で過ごしたいのである。しかし、母だって年だし自分も元気なわけではないから、それは無理な話。父はそれでも、あきらめがつかない。今日はそういう愚痴を沢山聞かされた。もちろん同情する事態である。どんなに今、施設の人たちに親切にされても、父にとっては他人と家族は違うのである。

しかし私ら子どもにしてみれば、他人のほうがずっとまし、ということもある。他人なら、どんなに愚痴を聞かされても同情できる。しかし、父から聞かされると、じゃあなんであのとき、あれほど言ったのに煙草やめなかったの?お酒毎日飲んでいたくせに、とか、お水をあれほど散歩中飲みなさいといったでしょ、予兆があったときになんで救急車を呼ばせてくれなかったの?というように、倒れた父に自業自得だと言わんばかりの残酷な気持ちを抱いてしまうのである。いけないなあ、と罪悪感を持ちながら。

今日も帰ってから、雷が突然やってきた。心底怖くて飛び上がってしまった。くわばら、くわばら。自分の身に危険がふりかからぬように、蚊帳の中で昔の人は唱えたのである。くわばら、くわばら。他人事ではありません。私だっていずれ年老いる。くわばら、くわばら。くわばら、くわばら。

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コメント

ののかさん、いろいろ大変ですね。
私の亡くなった義父も最後は自分で動くことができなくなって、介護病院のお世話になってました。
週に何回か見舞いに行く日々は疲れることもありましたが、やはり義父ということで、距離感をもって接することができたように思います。
実の父親だと、遠慮がないし、父親だからこそ、いろいろいいたくなりますよねえ。そのお気持ちわかります。
お大事になさってくださいね。

投稿: ミント | 2005/08/14 12:50

こんな記事を書いてしまった、と少し自己嫌悪になっていました。
コメントを下さった、yuzukiさん、ミントさん、ありがとうございました。

私は、そうですね、ありがたいありがたい、と感謝しながら余生を送りたいものだと思いました。

投稿: ののか | 2005/08/14 15:24

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