『走れメロス』
勤め先の図書館で、雑誌の業務をしている。専門図書、しかも外国語ばかりなので、非常に神経を使うのだが、ときどきラウンジに置く一般雑誌も手元を通り過ぎる。きのう私の目に留まったのは、文芸春秋の臨時増刊号。「一冊の本が人生を変える」という特集。著名人が自分の出会った本を紹介している内容らしい。仕事中だし読むことが出来なかったのが残念。さて自分にとっては、どの本がそれにあたるだろうか?とその時思った。
印象的な本といえば、茨木のり子の『詩のこころを読む』。父の方針で岩波ジュニア新書を順に買っていた我が家で、私は本を買い与えられるということにとても抵抗があったのだけど、この本に出会えたことは感謝だった。やわらかい心だった中学生時代、噛み締めるように紹介された詩を読んだものだった。
それから、三浦綾子の著作。とくに『氷点』と『道ありき』は感動した。後にその土臭さが鼻についたこともあるけれど、やっぱり私の一つの原点だと思っている。
太宰治の『走れメロス』。これは確か中学2年のときの教科書に載っていた。私は当時、入学したころからの仲間と一緒によく行動していた。お金持ちの多い女学校で、私の仲間はどんどんおしゃれになっていき、私は一人取り残されていた頃のことである。私は鈍感だったのだろう。自分がのけ者にされていることに気づかなかった。いつも人のいい笑顔を浮かべていた。馬鹿にされているのがわからなかった。
ある日仲間のうちの一人、Eさんが、私を校内のある場所に呼び出した。何も心当たりのない私にとっては、初めて聞く話ばかりだった。~みんながののかちゃんのこと馬鹿にしているの知ってる?私はそれを聞いているのが、今日までとってもつらかった。みんなを止めることができなくてごめんね。あの人たちは、本当の友だちじゃないんだよ。走れメロスのような、本当の友だちじゃないんだよ。だから、離れたほうがいい~Eさんは、涙ながらに私に真実を語った。
私は、ショックだった。仲間の中には、一年生の頃、ほかの人たちにのけ者になった人も含まれていた。あの時は、私がそっと見えないところで、支えてあげたのに。「知ってるよ、あなたのつらい気持ち。でも、私はあなたの友達だよ。」そう言って助けてあげたのに。今度は私の番だったのだ。私は、のけ者になっていることに、全然気づかなかった。落ち込んだ私を救ったのは、Eさんの涙だった。この人はすばらしい人だな、と思った。仲間だと思っていた人たちには裏切られたけど、もう一人の優しさに救われた。真実は知らないほうが楽だったが、惨めに知らされずにお人よし顔で笑い続けるよりも、事実を受け入れ毅然と生きるほうが断然いいに決まっていた。
以来その仲間との付き合いは途絶えた。廊下であっても、知らん顔をした。私はそれから特定のグループに入ることはなくなった。私とあなた、というような関係の友達が、多くはないけどできた。Eさんとも付き合いはなくなったが、今でも彼女の優しさには感謝している。高校になってから父親を病気で亡くした彼女は、そんな境遇でも他の人をいたわる優しさを持っていた。私の尊敬する教師が、彼女のことを人前もはばからず褒めていたのを思い出す。
『走れメロス』は、その友人との思い出を甦らせてくれる、大切な一冊である。
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コメント
ののかさん♪
三浦綾子さん。太宰治さん。
共に夢中になって読んだ作家さんですね。
三浦綾子さんの書物でキリスト教にもふれることができました。
「塩狩峠」「氷点」。・・・「道ありき」の三部作も夢中で読んだ記憶があります。
太宰治さんの作品も好きで、ほとんどを読んでいると思います。
茨木のり子さんも好きな詩人のお一人です。
BLOGにも書きましたが、ワタシにとっては『必要な人』ですね。
3人共にワタシの好きな作家さんだったので、驚いています。
-(や)-
投稿: 山猫編集長 | 2005/10/02 17:38
山猫編集長様、コメントありがとうございます。
うわ~、そうですか。
3人とも一緒とは、嬉しいです(*^。^*)
太宰治は、他には人間失格くらいしか読んでいませんが、とても影響受けました。
茨木さんは、詩の世界へ私を導いてくれた人です。とてもこの出会いに感謝しています。
三浦綾子さんは、もう全部読みました!!
投稿: ののか | 2005/10/02 21:11
ののかさん、こんにちは。
ののかさんの胸に秘めている、切なくほろ苦い思いが伝わってきました。
ボクにとって、「人生を変えた一冊の本」って何だろう。
その時その一冊にすぐ感動してしまうので、難しいですね。でも、本との素敵な出会いをこれからも大切にしたいなあと思います。
投稿: GTU | 2005/10/03 11:51
GTUさん、こんばんは。
読書の秋です。
いい出会いが、この秋もありますように!
投稿: ののか | 2005/10/03 20:34