絵本の思い出

ちいさいおうち

posted with 簡単リンクくん at 2005.11.11

バージニア・リー・バートン文・絵 / 石井 桃子訳
岩波書店 (1991)
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一人目の子どもをどうやって育てたらいいのかもわからないでまごまごしているとき、赤ちゃんのお祝いにと、大好きな先生が贈ってくれた本。この有名なバートンの『ちいさいおうち』は確か私が小さい頃家にあったと思うのだが、なにしろ子沢山のせいか絵本を読んでもらったことなんか一度もなく、ほっぽっておかれたので、内容は知らなかった。

私はその贈り物がとても嬉しかった。優しくて元気いっぱいな女性の牧師さんは、昔幼稚園の先生をしていたので、絵本に詳しい。その人がよりすぐった一冊だと思うと、熱い思いがこみあげてきた。ありがたいと思った。新居に絵本といえば、この本ともう一冊しかなかった。そのもう一冊は、ほしのひかったそのばんに。この本、シュールな絵だと思うけど、なんだかいい本で、これまた私の大好きな友人（この人も幼稚園の先生をしていた…）からの贈り物だったので、わたしはまずひとつにもならない息子に、この赤くて長い素敵な絵本を、繰り返し繰り返し読んだのである。どういうわけか、面白くもないところで大喜びする息子。これを一緒に寝っころがって眺めながら読んで、オルゴールを聞かせて、毎晩眠った。儀式のように。

少し息子が大きくなってから、確か２歳になる前からだったが、『ちいさいおうち』が今度は儀式に登場した。小さい本ながら、文章は長い。でも、毎晩読んだ。繰り返し、繰り返し。息子は思わぬところで思わぬ反応をしながら、この素敵な絵がちりばめられた本を気に入っていた。なんといっても、話がよい。小さいおうちは田舎のひなぎくが咲き乱れる丘に建てられたかわいい丈夫な家。りんごの木があって、子どもたちが遊んで、四季おりおりの自然の中では、ちいさいおうちは幸せだった。街ってどんなところだろう、と思いをめぐらしながら立っていた。お日様が昇り、沈んで、今度は月が出て。春がきて夏がきて、秋がきて冬が来る。ところがそうやって時がめぐっていくうちに、ちいさいおうちのまわりは大都会になっていった。それと共に、ちいさいおうちを大切にしてくれる人もいなくなり、しょんぼりしてしまうのである。長い年月をへて、高層アパートの谷間になってしまったちいさおうちには、お日様の光もあたらないし、夜になっても星も月も見られない。夜になっても暗くならないからである。

車だけでなく電車が地上にも地下にも走る喧騒の街のなかで、小さいおうちはまったく不幸だったのだが、ある日ちいさいおうちを建てたひとのまごのまごのそのまたまごがその家の前をとおりがかり、これはおばあさんが住んでいた家にそっくりだ、でもその家はもっと田舎にあるはずなのに…、と思うのである。調査の結果その家はまさに先祖の建てた家だとわかり、ちいさいおうち引越し計画が進む。めでたくちいさいおうちは昔と同じようなひなぎく咲き乱れる丘までトラックで運んでもらい、昔のようにキレイにペンキを塗ってあちこち治してもらって、大切にされることになった、というお話。「二度と再び」街に行きたいなどとは思わない、というところで終わるのだけど、こういう終わり方はバートンにはよくある。いたずらきかんしゃちゅうちゅうしかりである。

その頃地方に住んでいた私たちは、毎日近所の大きな公園に出掛けて遊んだ。秋がきて、その公園のある神社の境内の木々の葉も色づき始めたある日、息子がその葉を指差して言った。「ママ、はっぱがあかやきいろにそまっているよ。」

そのときの、私の驚き。まだ２歳になったばっかりの幼子が、『ちいさいおうち』と実際の自然の変化を結びつけて考え、その絵本の言葉でしゃべったのである。すごいな～と思った。

だから私は毎年紅葉が始まる頃になると、このときのことを思い出す。

絵本はそのころ、お下がりなんかで少しずつ家の中に増えていったが、公園に日参しているうちにできた友だち母娘が、転勤で砂丘の町へ旅立つときに贈ってくれたこんとあきとはらぺこあおむしは、今でも私たち親子の宝物である。お別れのとき、悲しくて泣いた。とても親しかったので、離れることがつらくて、おいおい泣いた。

ということで、葉っぱが赤や黄色に染まる季節になって、絵本の思い出をいろいろひもといてみた。おしまい。