外出
今日は、介護付老人ホームに暮らす父のところへ、久しぶりに行ってきた。ここのところの冷たい雨があがって、爽やかに晴れた一日。電車に乗って、小一時間。目的の駅からさらに10分弱歩く。私の歩いた小道には、手入れされた色とりどりの花々が並ぶ。父の暮らすホームに入ると、父のほうは私の到着を待ちきれず、受付のところで待っていた。父は半身が麻痺しているので、車椅子の生活である。元気だった頃は、毎日近所を歩いて足腰を鍛えていたのに、病に倒れ施設に入ってからは、外出嫌いになってしまった。思い通りにいかないことに、苛立ちを感じるのだろうし、ちいちいぱっぱと他の老人達と連れ立って出掛けることに、馬鹿らしさを感じるせいもあるようだ。
しかし昼ごはんのあと、葉書をポストまで一緒に出しに行こうと、珍しく父のほうから誘われた。これはチャンス。往きに通ったあの小道を、案内しよう。付き添いの要員は昼ごはん時で忙しく、お願いしてもなかなかやってこないので、仕方なく私がひとりで車椅子を押して施設を出る。ほんの少しの歩道の段差が、行く手を阻む。横断歩道を渡るのも、どきどきする。老人を乗せた車椅子は、ベビーカーのように軽くはないのである。介護の人たちはコツを知っているはずだが、私は未経験。いつものように、バリアフリーの環境ではないので、これではちょっとそこまで、という外出も簡単ではないことがよくわかる。歩道に置かれたゴミの山。網をかぶせてまとめてあっても、車椅子で狭くなったその部分を通り抜けるのには気を使う。しかしなんとかこうとか車椅子を押して、目的のポストに葉書を投函することができた。もう少し回り道をしようと父を誘うと、うららかな陽気に気を良くしたのか、寄り道に賛成してくれた。その小道にあった人家の前のプランターには、ブルーデイジーやプリムラ、パンジー、ゼラニウムなどが咲き乱れている。塀の向こうの庭には、スオウの花も咲いていた。その先の公園に行くと、今度はぺんぺん草がいっぱい。
そういう当たり前の風景を、今の父は楽しむ余裕がない。毎日一緒にこうして出掛ければ、きっといい刺激になると思うけど、離れていては仕方がない。私など本当にたまにしか訪問していないので、罪の意識も手伝って、今度来たら必ずまた連れて出てあげよう、と娘らしいことを考える。父はその後部屋に戻ってから、リハビリのマッサージをしてもらい、大変機嫌がよさそうだ。
また2人きりになる。父は昔話になると、目が輝く。いい時代を思い出すことは、楽しいのだ。私だってそうなんだから、思うように動けなくて寂しく暮らしている父にしてみれば、子ども時代のことを思い出すことは、とても嬉しいことのようだ。自分史を本にすることを思いついた父の手伝いを、この春から私がすることになったので、その計画を一緒に練る。話し出したら、とまらない。時間がどんどん過ぎる。やがて夕方になり、その続きは次回にね、といってきりあげた。話の内容は、きょうだいや母に伝える。そうやってなんとなく、家族の繋がりが強くなる。
思えば、神経が細かくて何かと指示を出したがる父のことを、私は思春期から今までずっと苦手に思ってきた。正直なところ、今日も気乗りのしない外出だった。しかし、私の意思を越えた存在によって、どうやら私は用いられているようである。よりにもよって、親不孝のこの私が、こういう役目をおおせつかるとは。神のなさることは、不可思議なことが意外に多いものである。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
ののかさん、お疲れ様。お父さんの介護が出来るとは何て幸せなことでしょう。羨ましい話です。
ねじっこの父親は去年の4月30日に亡くなりました。介護の間は自分の身体が砕けそうなほどでしたが、それでも亡くなられると、もっともっと看れば良かったと、後悔ばかりが募ります。
いっしょにいられるだけでも、お父さんはきっと嬉しいのです。どうぞたくさんお話して来てくださいね。それから、お大事にとお伝え下さい。
投稿: ねじっこ | 2006/04/17 22:36
ののかさん、こんばんは。
屋外で車椅子を押すのは、大変ですよね。お疲れ様でした。
「自分史」を作られるなんて、お父様も素敵なことを考えられましたね。私の場合は、孤軍奮闘ですので、お母様やご兄弟がたくさんいらっしゃるののかさんが羨ましいです。お父様との関係も、この機会により深まるといいですね。
投稿: ミント | 2006/04/17 23:10
ねじっこさん、ミントさんは、お2人とも介護の経験がおありなのですね。ねじっこさんは看取られて、今は追想の日々、ミントさんは、真っ最中。暖かいコメントを、ありがとうございました。
私は父と離れて暮らしているので、日ごろは他人様にお世話をお願いしているから楽なものです。近所に暮らしている兄達のほうが、ずっと苦労は多いのです。
親不孝のののかは、秋にかけ、少しだけお手伝いをする予定なのです。これからもときどき関連記事をアップすることになると思いまが、ぼちぼちやってるなあと読んでやってくださいね。
投稿: ののか | 2006/04/18 10:38
ののかさん、いろんな思いを抱えてお父様と会ったんですね。ののかさんの思いをお父様も受け止めてくださっているのが分かります。
春風の中、二人だけの散歩は心地よかったでしょう。二人とも日頃持つことができない同じ時間を共有されることって素晴らしいことだと思います。
ボクなんかでも、同居してても、だめだなあって思うことが度々です。神様が導いてくださっているんですね。
投稿: GTU | 2006/04/19 20:24
GTUさん、こんにちは。父の喜びようは、それはそれはここ最近にないものでして、父の「自分史」への夢は、どんどん膨らんでおります。ちょっと荷が重いですが、喜んでくれてよかったとは思います。人生のまさか、であります。何で私がこんな役をしてるんだろう…、本当に。
投稿: ののか | 2006/04/21 06:03