それでもボクはやってない
昨日は、レンタルで借りてきた映画を夜中に見た。
「それでもボクはやってない」は、満員の通勤電車で痴漢に間違えられた青年が、無罪であると主張しても警察や検事には聞く耳を持ってもらえず、起訴され裁判にかけられ、有罪になる話。
日本の刑事裁判制度は、ここまでひどいものなのか。対岸の火事では済まされないことだと思う。
家族や友人、弁護士団が総力を挙げて無罪を証言してくれる証人をみつけても、有罪であるという判決がでるのは、どうしてだろう。
「たとえ10人の真犯人をとりにがそうとも、一人の無辜を裁くなかれ。」と映画の冒頭に映し出された。このメッセージこそ、監督とこの映画に携わった人々すべての言いたいことだろう。
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コメント
冒頭のメッセージ。本当は日本の刑事法制の全体を貫く基本的な考え方なのですがね。運用というか、実務というか、その辺りはなかなか法の理念通りには動いていないようですね。
少なくとも中学や高校の社会科ではその理念を教えていますよ。大学の法科では何と教えているかは知りませんが。
裁判員制度が始まると、また難しいことになるかもしれませんね。
投稿: トマス | 2007/08/11 22:47
トマスさんへ。
人が人を裁くということの難しさを、ますます考えねばならない時代ということですね!
コメントありがとうございます。
投稿: ののか | 2007/08/13 08:46