かわいそうな人
先日父を見舞ったら痰がからんでいるのか食事がすすまず、言葉も大変不明瞭だったので心配した。やがて咳とともに痰が出て話していることがわかるようになると、「神様」と言って私に手を差し出したので、一緒に手を握って神様にお祈りを捧げ一緒に「アーメン。」と唱えた。目には見えないけれど、神様や家族はいつも一緒にいるから安心してほしいと祈った。さてそんな父を以前妹と一緒に見舞ったとき、私が父の痛そうな腕をさすりながら「かわいそうね。痛いね。」とつぶやくと妹に怒られた。「かわいそうな人にかわいそうって言うの駄目だよ。」。
確かにそうだ。私にも覚えがある。子どもが赤ちゃんだったころ私は、なるべく子どもの顔が他人に見えないようにベビーカーではなく抱っこ紐で抱っこするようにしていた。こどもには生まれつき顔に目立つ痣があったからである。しかし私の心配をよそにわざわざ子どもの顔を覗き込んだ知人や知らない人々から「女の子なのにかわいそう。」という言葉をかけられ、非常に不愉快になったことが何度もある。うちの子どもの場合デリケートな治療の真っ最中だった。なんとかハンディが目立たなくなるように必死だった。端から見れば「かわいそうな女の子」と「そんな子を産んだかわいそうな母親」だったのはある意味で本当だったのだろうが、だけどなんとかこうとかもがいていた私は「かわいそう」とは言われたくなかった。まだ希望が全然見えない時期だったからかもしれない。~だから妹の言葉は真実であり、私は反省した。しかしその父の手は、もう二度と麻痺がとれないし、痛いのは事実だし、一緒に痛みを分かち合いながらさすり「かわいそうね、痛いね。」と言うのはやっぱりそんなにいけないことでもない気がした。
妹と私の違うところは、妹は出産以外には入院をしたことがないところである。私は何度か入院し、点滴の為に身動きがとれず排泄の世話までナースにお願いするしかない何ヶ月かを過ごしたことがある。そのときも情けなくて、「かわいそう」とは言われたくなかった。必死でその状況を耐えていたからである。だけど客観的に見れば「かわいそう」な状況だったと思う。とても気の毒な状況だったと思う。あの頃は地方にいたのだが、教会の人や牧師や近所の子育て仲間や友の会の人たちが見舞いに来てくれて、祈ってくださったり家族のためのおかずを届けてくださったり世話話を何時間もしていってくださるのが嬉しかった。でも誰も私をかわいそうとは言わなかったなあ。妹は入院したことがないのに、どうしてかわいそうといわれると嫌だとわかるのだろう。
でもでもやっぱり私は、少しひっかかる。この私も、かわいそうといわれても嫌じゃないときがあったのだ。それは、困難を乗り越えて少し時間がたち自分が受けた災いを気持ちの上でもしっかり受け止められるようになったとき、同じような痛みを経験した人から「かわいそうだったね。」「でも今は乗り越えられてよかったね。」と言われたときは不愉快に思わなかった。同じ言葉をかけられても、コチラの状態次第では何も感じないというか、むしろ共感してもらえて嬉しいとまで思うのであるから、人間は不思議である。
つい先日もこんなことがあった。最近親しくなったその人とある集団で受けたいじめの体験についての話をしていたとき、「それはかわいそうだったね。」と私が言ったら、「私今までかわいそうだったね、って誰かにそのことをいってもらえたことがなかった。かわいそうだったね、って言ってもらってとても嬉しい。」と返事をされた。共感できるところがあったので私が何気なく口にした「かわいそう」という言葉が、そのときは受け入れられて、私はこういうことがあるんだなあと思った。いずれにしても、同じ言葉でも受ける方の気持ち次第ではありがたくなったり不愉快になったりすることを肝に銘じて、日々暮らさなくてはいけないと思う今日この頃である。
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