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2009/06/17

疲れている私

最近本当に私は疲れていて、夜になるとエネルギーが切れて何かしら家族とトラブル。不貞寝することになる。

家計のために働いている私が楽しみにしているのは、時間のあるときに韓国ドラマやよい映画を観ることや、PCであれこれ情報を収集したりブログに文章を書いたりすること。なのに不登校の息子がPCを使いたがって、私が彼の目の前で少しでもPCを使うと「早く消えろ。」「おまえいい加減にしろよ。」と暴言を吐くし、小学校から帰って疲れてるのか始終家にいる息子のペースに巻き込まれてるのかわからないが娘まで「っるせぇんだよ。」なんて言葉を私に言うようになったから、もう我慢がならない。韓国ドラマを居間で見てると「いったい何時になったら終わるんだ。」と見てるそばから息子が怒る。もちろん私は応戦する。やり過ごすことはできない。しかしその争いに疲れて、ここ数日私はへとへとである。私は仕方ないから体力を保つために夜は早めに寝て、体の疲れをとり、翌朝とんでもない早起きをしてPCを使うしかないし、隣のおばあちゃんちでドラマを一緒に観るしかない。息子は要するに居場所である我が家の居間で、自分がしたいようにできないといらつくのである。隣のおばあちゃんちの二階があいてるから、そこを日中過ごす場所にしてほしいと提案しても、そうなったらどうなるのか想像がつかないらしく、提案はあえなく却下される。そういう私と息子の言い争いを聞かされると、娘はくたびれて私にたてついたりするというのが、現在の我が家の状況である。

私だって家族と喧嘩はしたくない。心地よいコミュニケーションをとりたい。だから苦手な掃除をして少しでも家庭環境を整えようと、早起きのついでにちょこちょこ最近は頑張ってゴミを出している。だけど、子どもたちはちょっとやそっときれいになったくらいじゃわからない。心をこめて食事を用意しても、こんなもんだと思ってるからいちいち感謝もしてくれない。息子は小さい時から私に注意され大声で叱られた事ばかり最近は思い出すらしく、私のことが本当に嫌いだから、私の話はほとんど耳に入らない。聞こえても認識しないので、伝わったと思ったことが伝わってないからまたトラブルになる。息子には発達障碍があるのだから、目の見えない人に目で見ろ!と言ってるようなもので、通常のやりとりをつい期待してしまう私が悪いのである。わかっちゃいるが、私にはそのたびに堪える。普通のやりとりをできるときもあるから、ほかのこともつい大丈夫だろう、と考えてしまう私が悪いのである。だけど悲しい。どうしてだろうと思う。このようにへとへとの私は、一人では到底対処しきれないから、専門家にたくさん助けてもらわなければいけない。現在専門家のところには、仕事のローテーションの関係で2週間に一度しか行けない。二週間に一度のその日、私は朝は息子の中学の学校カウンセラーの所に、まずは小一時間話を聴いてもらいに行って励ましてもらう。担任とのやりとりがしんどいから、間に立って伝達事項を伝えてもらう。担任から電話がかかってきたことも、配布文書も貰ったことがない。それだけの関係だから、別にがっかりもしない。そういえば今年の教科書すら、まだもらってない。別にそれでもかまわないけど、今は6月だ。本当にそれでいいんだろうか?教科書あっても見ないだろうけど、一応義務教育ですからね。…それから午後には、いつもより早めに息子を起こして食事をさせて身支度をととのえさせ、車に乗せてカウンセリングに連れていく。そういえばそうだ、あさってだ。あさってになったら、私のこのしんどい気持ちを専門家に聴いてもらえるし、息子も心を許して話を聴いてもらえる相手に会えるのだ。

今日と明日、なんとか頑張って、しのがなくてはいけない。

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昨晩私が不貞寝する前に、久し振りに本棚から取り出して読んだ本はこちら。良書だと思う。ただ、子どもが小さい時にこの本に出会いたかったと思う。この子が小さい時は、こういう本は専門家向けしかなかったろうけど。

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この本を見て思うのは、どうしてもう少し早く私の息子が~この子は小さい時から頭はいいのに忘れものや無くしものばかりするうえに、いろいろと言い聞かせても自分勝手なのは治らない手のかかる子どもだった~ASだとわからなかったのだろう?と思う。もちろん自閉症スペクトラムと今は言われて少しずつ世間に認識され始めたアスペルガー症候群は大変わかりにくい発達障碍なんだけれども、息子が不登校になっても私には何も教えてくれなかった。子どもの教育現場で、何でいち早く保護者の私にその問題を提起してくれなかったのだろう。保護者として子どもの障碍を受け入れるには覚悟がいるし、時間もかかるが、発達障碍だとわかればこれほど多くのダメージを息子が受けることはなかったろうと思うと、本当に残念だし、私が10年以上理由がわからないまま奮闘した月日の苦労をもう少し小さくできたように思う。息子が教室で孤立したり担任にトンチンカンな扱いを受けることはなかったろう。たとえ発達障碍と小さいころにわかったところで、この子の生きづらさを治すことはできないけれど、生きづらさを小さくする工夫はできたはずだ。専門家が少ない状況は、今も変わりないが、子どもはどんどん育って、今やサポートするには難しい年齢に達しているじゃないか。通いたくてもぴったりの学校がない。私は希望を持って初めての子育てを一生懸命してきた。普通の子育て本しか参考にできなかった私は、普通の子どもに良いと思われることは沢山してきたし、普通の子育てアドバイスはたくさん取り入れてきた。よい指導者にも恵まれたと思っていた。「おもちゃは片付けないし机の上は散らかり放題なんです。」と相談すれば、「親が手出しせずにそのままにしておけば、そのうち自分で片付けるようになりますよ。」といわれて、それを長いこと信じてた私はバカだった。本当に残念だなと思う。10年あとに生まれれば、息子も私も巻き込まれてる娘も、生きづらさを少しはサポートしてもらえたろうに。

Photo

今朝のごはん。ドーナッツ二つ。パイナップルミントとネジリバナもかざってはあります。

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