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2010/08/30

『マルカの長い旅』

マルカの長い旅
マルカの長い旅 ミリヤム・プレスラー 松永 美穂

徳間書店 2010-06-17
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マーガレットさんのおススメ本でしたので、図書館に予約し手元に来てから、一気に読みました。おススメ通り、素晴らしい本でした。読者の心をひきつける作者の力量はたいしたものだと思いますし、実話だということも物語にさらなる重みを加えています。

私はひとりで子どもを育てているので、ナチスの手から逃れるためにポーランドからハンガリー目指して過酷な逃避行するユダヤ人医師である母親(ハンナ)の気持ちが、痛いほどわかりました。人生を振り返って思いだすことといえば、5年前にパレスチナに移住してしまった夫のことよりも、自分を育ててくれた厳しいユダヤ教徒の父親のこと。逃避行に際して持っていったのは、離れて暮らす父の写真でした。その他思いだすのは、若い頃家族の反対で結婚にはいたらなかったけれど裕福だったハンガリーの青年のことだったり、ひとりで二人の娘を育てている自分を恋人として慰めてくれたドイツ人のことだったりする。どうしてユダヤ人のあんな夫を選んだのか、今では理由もわからなかったり、色々なことが頭をよぎるのです。そういうことがあるのかもな、と思います。熟考するよりはとっさの判断で人生を切り開いてきたこのハンナは、ナチスから逃れるために最善の道を選んだはずだけれど、小さなマルカを置いてきたことで、気が狂わんばかりにマルカのことを想い胸を痛めます。

マルカの姉の16歳のミンナは、熱を出した妹をポーランドに残して、先に自分を連れて母親がハンガリーとの国境を越え逃げたことを非難します。そしてこともあろうか、何年も会っていない父親のいるパレスチナ行きをひとりで勝手に決めてしまいます。パレスチナには逃避行の間にできた恋人が、先に行って待っていることになっていたからです。母親はハンガリーで健康を回復し医師の仕事をしながら、必死でポーランドに残してきた子を送り届けてくれる手はずになっていた人間を探しますが、見つかりません。その人に、あっけなくマルカは棄てられていたのです。

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救出されるまでの6か月の間、マルカはどうやって生き延びたのでしょうか。たった7歳の女の子が、時には善意の人に助けられ、時にはドイツ兵の手先のポーランドの警官に殴られたりしながらも死なずに済んだのは、医師であった母がすべてをかけて今まで治療にあたってきた患者たちの手によるところが多かったし、母がそれまで生きるための正しい知識を与えていたお陰だったのです。しかし匿われてほっとしても、そこも安住の地ではなく、ナチスの手が迫ってくるとよそへやられ、落ち着いたと思うとまたよそへ。ついにはゲットーに暮らす孤児たちと一緒になるけれども、マルカはついに不衛生さに加え空腹のためチフスにかかってしまいます。

マルカはユダヤ人なのにキリスト教徒のふりをしたり、ユダヤ人なのにアーリア人地区にもぐりこみ哀れそうな顔をして、パン屋から買い物をして出てきた人を見つめ、食べ物を恵んでもらったり、時には収穫の終わった畑から細いニンジンを引っこ抜いて食べてみたり、腐ったリンゴを施され、じっくりじっくり噛み砕き、芯も種も茎までも食べてみます。おしっこやウンチをするたびに、身体がペッシャンこになったとがっかりしたりもします。空腹との戦いは、マルカの人格をも変えてしまったように見えます。死体を見かけても、怖いと思う感覚が段々薄れていきます。でもチフスでとうとう病院に収容され、そこで障碍をおっている子の世話をかいがいしくしたりする優しさもまだ持っていました。しかし、そこにドイツ兵がユダヤ人狩りにやってくるとわが身を守るのに精いっぱいで身を隠します。しばらくして戻ると、病院の子どもたちはひとり残らず収容所に送られていました。

マルカの心は、身体が受けたダメージ以上に大きなダメージを受け続けます。 たった7歳の金髪の美しいワンピースの似合う女の子だったマルカは、肉親と別れ6カ月を経て、物語の終わりについに母によって居場所を捜しあてられるのですが、マルカはすっかり違う子どもになっており、母親と逢おうとしません。感動的であってほしいフィナーレは、読む人すべての心に痛みを与えることになります。戦争とはこんなに残酷なものなのかと、ため息しか出ない私なのでした。

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