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2010/12/15

祈りの朝

年末である。掃除が苦手な私の住む家は、どこから手をつけたらいいものやら。しかし今年の私は、いつもと違う。今なら、要るものと要らないものがさっと判断がつくような気がする。今はやりの断捨離という考え方には、私も納得。少しずつ実践している。

それから掃除の技については、私が長年愛読している婦人之友の読者の会・友の会の中でも掃除の達人と呼ばれる方が、NHKでポイントを披露している番組を見た。普段からこまめに家の中を片付け掃除もしていれば、大掃除の必要はないと言う。その通りだが、そういかないのが普通の人間。でも、心がけが有るとないとでは違うと思うので、私も心を入れ替えたつもり。今年は風呂場や手洗いは、随分清潔に保てたと思うが、それ以外の場所も、できるだけ清潔に、散らからないようにしたいものだ。

今日は朝焼けが美しかった。明るくなった空を見上げながら、何かいいことが有るような気がする。…朝雨戸をあけるときに、左手の人差し指を雨戸と戸袋の間に挟んで怪我をしたけど、あまりクヨクヨしてない私。あぁ私でよかった、子どもでなくてよかった、と血の出た指をなめながら思った。

今年は残念なことに娘の視力が低下した。すぐに眼科を受診しそれ以上低下しないような目薬をいただいたのに、それが切れてから再び受診することを娘が嫌がり、いつの間にか年末になってしまった。当然視力は悪いまま(あるいはさらに低下しているか)。不便だろうに、メガネ着用が嫌なのだろう。そういえば、私もこの年頃に暗いところで世界名作全集を読みすぎて視力が低下。メガネをかけないと授業の黒板の字が読めなくなり、メガネのせいで大分からかわれたことを思い出す。だから娘の気持ちもよくわかるのだが、それにしてももう限界。土曜日の朝に、眼科に行く約束をした。今日の昼、何かの副司会をするのに黒板の字が見えないと昨夜から悩む娘に頼まれ、神様に一緒にお祈りをした朝。教室にこの朝焼けのように光がさして、遠くの字が見えるといいけれど。

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