♪透明人間
今日ボランティアでうかがった場所で、透明人間の絵を描く人に出会って、少なからず私は衝撃を受けた。透明人間って、一体どういう心理のときに描かれるのだろうと。。。
自分が透明人間というものを知ったのは、兄が読んでいた鉄腕アトムのあとがき(科学的な読み物がいつもついていた)だった。そこに書いてあったことは、本当は透明人間はありえないというものだった。他人の目からは見えない体で、透明人間がいろいろな悪戯をしたりするストーリーはなぜ有り得ないかというと、人間の目の構造からして、光が入ってきてそれをはね返すものがない(透明)だと透明人間は目が見えないことになるから、自由自在にイタズラをすることはないしストーリーも成り立たないとのこと。…それから、昔話の彦一ばなしも、透明人間みたいなものだったよなぁ。ピンクレディの歌にも、あったあった、♪透明人間 っていうのが。今思い出した。
でもそういうストーリーや歌がなぜ好まれてきたのかというと、現実離れしているからだろう。叶えられない願望を、そんな歌や話にして人間は楽しんできたのだと思う。
だけど今日出会った透明人間は、本当はいるのにいない家族を表しているような気がした。来週続きの色を塗ると話していたけど、来週はもうそれには取り組まないかもしれない。今日それを描きたかったのだ、と思う。意味はなんでもいい。興味はあるけど、わからなくてもいい。とにかくなんでもいい。気持ちを発散して何か表現して、少しでも心が自由になるのなら、それでいい。
何れにしても、心はうつろい変わっていくものである。その人のおかれた環境も、少しずつ変わるし、周りの人の状況も、少しずつ変化するだろう。本当なら鯉のぼりが泳ぐ青い故郷の空を、その人は見たかったに違いないと思うと、心が痛む。
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