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2011/10/26

楡家の人びと

楡家の人びと (1964年)
楡家の人びと (1964年) 北 杜夫

新潮社 1964
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訃報が続く。昨日文化勲章の受賞者の面々をニュースで見ながら、勲章をもらうのにも長生きしなくてはいけないのねぇなどとつぶやいていたのだが、この度亡くなられた北杜夫さんは、84歳だったという。

私は『どくとるマンボウ』ではなく、ここに紹介した『楡家の人びと』しか北さんの本は読んでいない。まだ整理しきれていない亡父の本棚に、この本がある。読んだのは何歳頃だったか記憶にないが、たぶん20代だったと思う。本屋や図書館でもとめた恋愛に関する本を読み尽くし、手持ち無沙汰になった時、父の本棚から探し出した。読んでみたい本は、まだたくさん残っている。

さてこの本を読んだ頃の私は、まだ家族というものを一面的にしかとらえられていなかった。やがて自分が結婚し生家を出て、新たな家族をつくり、わかってきたことがある。人間の営みの中では、生まれてくる命もあれば消えていく命もある。DNAのバトンはFamily Treeが途絶えない限り、受け継がれていく。そういうことを考えたことは、随分前にこのブログに書いた(→こちら)。

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この頃切実に考える事は、人は太く短く生きるのがいいのか、細く長く生きるのがいいのかということ。とは言っても、人間は自分の寿命を自分では大抵決めることはできない。但しどういうふうに生きるかは、自分が考え選ぶことができる。

宗教改革で有名なマルチン・ルターの言葉についてここで紹介したことがあるけれど(→こちら)、ルターが今の日本に生きていたらどうしただろうか、などと想いを巡らしたりする。「たとえ明日この世界が終わるとしても、私は今日りんごの木を植える。」…そうだろう。ルターならそうするだろう。私も同感だ。だけど私は、どこにりんごの木を植えようか迷っているのだ。

今日本は、3月の地震以来処理しきれない困難に、日々あえいでいる。情報の裏に、何があるのか?気を付けて考えないといけないと数カ月たって私は考えるようになった。大本営発表を信じて敗戦を迎えた1945年。国破れて山河ありとなったとき、日本人はたくましく困難を克服して60数年頑張ってきた。焦土と化した日本を立て直すために、原子力は明るい未来に繋がるエネルギーだと教え込まれ信じてきた。だけど今回の地震で、その安全神話が崩れた。福島第一原発は、一体いつ収束するのだろうか。漏れ出した放射性物質は、どのぐらい私たちの生活の上に降りそそいでいるのだろうか。この危機状況を、今まで信用していた報道機関は、正しく伝えてくれているのか、今一度考える必要があると私は思う。「歴史は繰り返す」ということわざがあるが、過去チェルノブイリで起こったこと~それは健康被害だけでなく、情報操作、人々の動き、周辺各国でとられた対策など~をよく学ぶ必要があると私は思う。その上で日本に暮らす大人は、各々の大事なものを守るため、どう生きていくか考え決めるべき時なのではないかと私は真剣に考える。

答えはなかなか出ないが、私は生き延びたいと思う。とても難しい問題だ。まさに人生の総合力を試されているようである。とても疲れる。そんなとき、父の本棚の『楡家の人びと』を再び開いてみようか。自分の事情に凝り固まりすぎた脳を、この本が少しほぐしてくれるかもしれないから。

【追記】北杜夫は文化勲章は受けていない。父親の斎藤茂吉は、文化勲章をもう少し若い年齢で受賞した(→こちら)。

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