« ぼくのあおいほし | トップページ | 『ぼくのあおいほし』と「風」 »

2012/05/27

涙について

どうもこの頃、私の涙腺は緩みっぱなしである。泣けて泣けて、涙がどこにこんなに溜まっていたのだ?というくらい。泣くなんて辛いのね!と心配される方もおられるだろうが、涙が出るのはいいことのようで、涙のあとは気分はすっきり。悲しい涙も感動の涙も、あふれた分だけ流してしまうのは、精神衛生上とてもいいようだ。

大体「二十四の瞳」を見たら、感動シーンが多すぎた。時代に翻弄され命を落とす教え子、奉公に行く子、身体を悪くする子、夜逃げする子。教師の方も、思いがけない怪我、結婚~戦争~相次ぐ家族の死~ですっかり老けてしまう。苦労の連続。その中で今回一番泣けたのは、百合の絵柄のアルマイトの弁当箱の話。もう涙が止まらなくて困った。しかしあたたかい感動の涙は、心の澱を洗い流してくれた。私は大石先生は大変正直で人間的であり、聖書の言葉でいえば「喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣く(新約聖書・ローマの信徒への手紙12:15)」人であったために、生徒にも家族にも愛されたのだと思う。女性として、その生き方に大変励まされた。

Img_0875 【懐かしい慰めのハート】

今日泣けたのは、日曜の礼拝の最中。懐かしい知人の姿を会衆の中に見つけた途端、涙があふれて仕方がなくなった。その人が私の在籍する教会にいた頃、5年ぐらい前だろうか。私はまだ子どもたちの世話や生活のことで頭がいっぱいで、迷ってばかりだった。でも教会で楽しい仲間に恵まれてもいたので、おひとりずつ家に招いて一緒にご飯を食べたり、子どもと遊んでもらったりしたのだった。その思い出が甦り、一瞬のうちに現在の状況と比べてしまったものだから辛くなった。いつになったら私は「約束の虹」を見ることができるのだろう?平安はどこにあるのかと、心が折れた。~しかし礼拝説教を聴き、美しい讃美歌に包まれているうちに、できる限りのことをしているのだから、これ以上悪いことはないだろうという不思議な安心感がわいて気持ちが落ち着いてきた。今度は感動して、お祈りしながら涙した。

今日は創立記念日で、教会では全員で記念写真をとることになっていた。私はまだ来て間もないので遠慮しようと思ったのだが、今日たまたま出たのよと言う女性から声をかけられ、最前列に座り写真におさまることになった。その女性は癌で何度も入院したとおっしゃる。その度に、天を仰いで病気を退散させたとおっしゃった。短時間によくこんなメッセージを他人に伝えることができるなぁと感心しながら、私はなるほどとうなずいた。早めに帰宅する私を見つけて、又その女性が声をかけてくださった。また逢いましょうと。不思議な出会いだったと思う。~確かにどんな涙でも、流したあとに下を向いていたら、いつの間にか心が折れっぱなしになる。泣いたら今度は顔を上げ、天を仰ぐことにしよう。上を向いて歩こう

|
|

« ぼくのあおいほし | トップページ | 『ぼくのあおいほし』と「風」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113001/54814674

この記事へのトラックバック一覧です: 涙について:

« ぼくのあおいほし | トップページ | 『ぼくのあおいほし』と「風」 »