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2013/05/06

「甘え」の構造

連休を利用して、九州に息子が保養に来ている。私は東日本が濃淡の差こそあれ今や放射能に汚染されていると考えているので、未成年が避難をしないのならせめて保養させなくては、と考えているのだが、息子の理解は多分こうだろう。「自分の母親は神経質で怖がりなので、娘のために自分を説得できなくても西へ移住してしまった。そのため自分は一人暮らしを余儀なくされ、不便ながらものびのびやっている。でも長い休みぐらいは家事から解放されたいし妹に会いたいから、わざわざやってきたのだ。」

子どもが二人揃うと、とても仲がよい。大体この二人が喧嘩をしたところを、私は未だに見たことがない。そんなわけで、このところ私は家族の中ではのけ者である。仕事で毎朝いないのもいけないのだろうが、午後に帰宅しても話を誰も聞いてくれない。疲れていても家事は全部私に回ってくる。手伝ってくれと言っても、二人とも耳を貸さずに遊んでいる。私は疲れているのでそれに我慢できず、昨夜も何時間か家出した。離れれば恨みの言葉をそれ以上子どもにかけることがないから、それが一番だ。どうせ私がいなくても多少の不便しか彼らは感じない。却って小言を聞かなくて済むから、せいせいするだけだ。私はどこかで宿をとってもいいように支度して出たのだが、翌日も仕事と思うと思い切り遠くにもいけなかった。一人でドライブした田園地帯では、鯉のぼりが悠々と仲よさそうに泳いでいて羨ましかった。

たぶんこの寂しさは、自分に原因があるのだ。この原因を取り除かないことには、何度でもこういうことは繰り返すに違いない。その正体は、「甘え」なのだと今日になって気づいた。学生時代から気になりつつ、未だに読んでいない『甘えの構造』。今の私が読んだら、きっとぐっとくるのだろう。

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私は自立できていないのだ。厳しい現実に負けずここまで来たように思っていたが、自分は甘えの気持ちを捨てられない。これではいけない。見返りを期待してはいけない。一人でもやっていけるように、どうにかして強くならなくては。

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