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2013/07/31

♪帰らざる日々

この頃忙しすぎてパソコンを放っておいたら、調子が悪くなっていた。困った。

ついでに、この頃身のまわりが煩わしくなっている。最善を尽くしながら、シンプルに暮らしたいとつくづく思う。

また、忙しいといっても、映画を見る時間だけはあって、娘と感想を話し合っている。昨日見たのは、ジェーン・オースティン原作の「いつか晴れた日に」。二人の感想。脚本と主演のエマ・トンプソンは才女だなぁ。

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さて、明日は健康診断のあと職場へ。体重増加がかなり心配。思えば、体を鍛えている頃が一番幸せだった。そしたら、帰らざる日々(アリス)という歌があった、って思い出したりして。。。

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2013/07/24

風立ちぬ

宮崎駿監督のスタジオ・ジブリの映画「風立ちぬ」を、公開早々娘と観に行った。

映画の紹介はこちら(↓以下をクリック)。

  「風立ちぬ」劇場予告編(4分)

++++++++++++++++

堀辰雄の『風立ちぬ』ならば、私は昔小説で読んだ。山口百恵の主演映画で、名前を知っていたからだと思うが、今回の映画では、ヒロインの名は菜穂子という。

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この小説の世界と、実在の堀越二郎の半生をダブらせて映画にしたのが、今回の宮崎監督の映画である。1923年、関東大震災で東京は壊滅的な被害を受けた。そして時代は戦争の時代・1930年代へ。そんな中でも若者は夢を見て、恋をして、大切なものを守って生きていた。そういうことを言いたい映画なのだろうと、観終わって私は思った。

同じ時代がやってきた、と奇しくも宮崎駿が言っている。私たちが自由に表現し、発言し、暮らしていけるのは、一体いつまでなのだろう。

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2013/07/19

しぇからしか

関東にいた時に、鹿児島出身の方の奥さんが教えてくれたラーメン屋が、「しぇからしか」だった。まだ小さかったうちの子どもたちを車に乗せて、その家族がラーメン屋に連れて行ってくれたのは随分前である。九州の豚骨ラーメンが当時のわが家では珍しかったので、みんな大喜びだった。

昨日職場で、「しぇからしか」って方言の意味が分かるか?と聞かれて、ラーメン屋の記憶が甦った。私は、言葉は知っているけど意味は知りませんと答えたのだが、そうしたらそれは「うるさい」っていうとき使うのよ、と教えてもらえた。そうだったのか。

熊本の人はよく「~だけん」、「~ばい」と語尾に付ける。そういう方言なのだ。話題のくまモンの歌を聞くと、なんとなく雰囲気が分かる気がする。くまモンはこの頃、全国的に有名になっているけど、どうしてそんなに人気が出たのか不思議なのは私だけか?熊本に住んでいるともういつの間にかなじんでいるけど、ほんわか可愛いキャラクターではない気がするので。

   ♪くまモン体操(←ここをクリック)

熊本弁といえば、この間元の職場の人たちと食事をしたとき教えてもらったのは、この3つ。

①とっとっと

②すっすっす

③たったった

また、「あとぜき」という方言は今では知っている人も増えてきた。このような言葉に限らず、引っ越してきて一年もたつと、熊本の文化が色々分かってきて面白い。

***************

さて、今日も暑い。クマゼミがしゅわしゅわ鳴いている。私は午後から仕事だが、午前中に参議院選挙の投票に行ってこようと思う。子どもは今日で1学期が終わりだと登校した。お城のそばの野球場では、高校野球の予選もどんどん進んでいる。私たちの本格的な夏はこれからだ。

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2013/07/16

尊敬している人

この間ある人に、「尊敬している人は誰?」と質問された。私はすぐに、学生時代に教授に聞かれた時と同じ人物の名前を言った。するとそれは一般的ではない人物なので、なぜだか理由を聞かれた。私の答えは珍しいのだろう。

ご飯を食べながら話していた相手は、実は「具体的な人生のモデル」という意味で「尊敬する人」と尋ねたらしいことが分かってきた。私の場合、自分が尊敬する人と同じようになれるとは全然思っていないので、彼女の抱いているイメージとはちょっと違う。

どう解釈するかは別として、今の子どもたちに「尊敬する人は誰ですか?」と尋ねたら、どういう名前が挙がるだろう。私が小さい頃のように、図書館の伝記コーナーは今なお子どもには大人気である。並んでいる人の名前は随分様変わりしたけれど。ちなみに私が初めて読んだ伝記は、野口英世やキュリー夫人、ガンジー、エジソン、キリスト、などであった。

思いをめぐらし、頭に浮かんだ偉人の名前やその理由を考えることは、思考の整理に繋がるので、大人の人々も是非試してみるとよいと思う今日この頃…。

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2013/07/15

コンパス

昨日見たのはこの映画。

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内容は、スーザン・サランドン演ずる女弁護士が、たった1ドルで、マフィアの絡む恐ろしい自殺事件の真相を知ってしまったために家族とともに危険にさらされる11歳の少年の弁護を引き受ける話である。久しぶりに見たけれども、再び感動した。

印象的だったのは、彼女がいつも身につけているペンダントトップ。彼女は糟糠の妻だったのに医師になった夫に裏切られ、裁判では高名な弁護士に敗れ子どもたちとも引き裂かれ、失意のうちに酒と薬におぼれたという過去を持つ。その後弁護士となって2年目という。苦労を重ねて今は駆け出しの弁護士である彼女は、祖母がくれたというコンパス(方位磁石)をペンダントにしている。映画の終わり、少年が母や弟と共に見知らぬ土地で他人として生きるため飛行機に乗り込む際に、彼女は少年にコンパスを渡す。

私はそのコンパスが今後も二人を繋ぐカギになると思うと、とても勇気づけられたのだった。危機一髪の連続でも、あきらめず生き延びた少年の姿に、彼女は一貫した人生の真実を見つけたのだろう。そしてもう自分にはコンパスが必要ではなくなったので、少年に記念に渡したのかと思ったりした。

弱い立場でも知恵を働かせ、勇気を出して助けを求めるのは大事なこと。そうやって人間は命を守り、成長し、真の友を得てゆくのである。

※スーザン・サランドン演じる女弁護士のパートナー役は、海外テレビドラマで名高い「ER」でグリーン先生を演じた俳優だった。確かトム・クルーズの「トップ・ガン」では、主人公の親友役を演じていたはず。見つけたわよ、という感じ(^^ゞ

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カラス

職場が新しくなって、まだ仕事に慣れないせいで、帰ってくるとまずちょっと果物やおやつをつまんでひと休みして、それから夕食の支度をする生活。

食後には疲れてぼうっと映画を見たり、寝てしまったりで、ブログの更新がなかなかできなかった。

その間、記事にしたいなと思う事がいくつかあったが、文章にする機を逸してしまった。

今日ももう寝るけれども、思いだしたことをひとつだけ。

最近カラスをめっきり見かけなくなったが、数日前お城のところで何羽も目撃した。久しぶりに「こんな間近を通ったらカラスに悪戯されそう!」とヒヤヒヤしたのだった。

見かけたのは6羽も居なかったけど、この間カラスの絵本をそういえば見つけたのでご紹介。

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最近の変わった話といえばそんな感じ。

おやすみなさい。

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2013/07/09

黒い蝶

梅雨が明け、本格的な夏が来た。

ぎらぎら照りつける太陽。

むせかえるような空気。

そこに現れたのが、黒い蝶。

その姿は、まるであの世からの使いのようだ。

そういえばお盆は間もなく。

生と死の世界の間を飛ぶ、黒い蝶。

ゆらゆらゆらゆら、ゆぅらゆら。

私はまた1年時が過ぎたのだと思う。 好きだった緑の小道。

ノウゼンカズラが咲く脇を、黒い蝶が飛んでいた。

亡くなった父が、そばに来てくれたような気がした。

どうやら明日も暑そうだ。

夏のゆらめく熱気の中、黒い蝶は明日も私に姿を見せてくれるだろうか。

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2013/07/07

こちら側とあちら側

今日は七夕。夜になって空を見上げたら、星がいくつも見えた。飾りを作って星に願いごとをするのをうっかり忘れていたけど、今なら私は短冊に「大好きな人たちとまた逢えますように」と書くだろう。あぁ、2年前に福島で原発が爆発して、いいことなんて一つもなかった。あんなこと悪い夢だと信じたいが、現実は現実だ。非常に厳しい事態である。

私は1年前に引っ越しをして、関東から九州にやってきた。しかし、それまで仲良くしてもらった人たちと離れたくなかった。今はインターネットが普及しているので、知り合いと世界の裏側でさえも瞬時に交信は可能だけれど、距離ができるというのは寂しいこと。家族と離れるなんて、想像すらできなかったことである。

今日息子は髪を切りにいったらしい。近頃の様子は見ることができない。横浜は暑くてたまらないと電話で話していた。311の前と後。住んでいた横浜とここ九州。その間には大きな天の川が流れていて、滅多に行ったり来たりできないのだ。

このように、大事な人たちと特別な努力をしないと会えなくなってしまったことが心底悔しい。本当に、原発が爆発していいことなんて一つもなかった。こんなに苦しい思いをするなんて。福島があんなことになって今尚苦しい思いをしている人が沢山いるというのに、電力会社は特別な対策を講じないまま原発の再稼働を申請するなんてこと言い出している。これは本当に望ましくないことだと私は思う。~こちら側とあちら側~。人間の価値観の違いの如何に大きなことよ。私たちはいったい、何によって分断されたのだろう。目には見えない価値観の溝が、こちらとあちらの間に横たわる。その正体は何だろうか。それを作りだしたのは誰なのか。これはおとぎ話ではないのだから、よくよく考えてみなくてはいけない。

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2013/07/05

おかわり後悔

前の晩に作ったカレーが残っていたので、今朝は食事の準備が楽だった。あんまり楽だったのと、今日は休みだったので気が緩み、朝はカレーライスをおかわりしてしまった私。

これは昼食を抜いて調整しなければ!と考えていたのに、今日は用事があって県庁に行き、昼は食堂で定食をたいらげてしまった。予定が狂った。まずい。

それならおやつは抜いて、夜ごはんは少なめに!と考えたはずだが、夕方相談ごとの電話があってそのことに気を取られ、息子に野菜を送るために寄った店で弁当が半額になっているのを見つけたらうっかり二人分買ってしまった。

ということで、夜はスープと一緒にナチュラル弁当を娘と食べてしまった私。あぁどうしよう。カロリー摂取がカレーライス一杯分多いぞ。これは明日の朝食で調整…きっとできないだろう。後悔先に立たず。

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2013/07/04

展覧会で思ったこと

レオナール・フジタとパリ(←ここをクリック)

上記の展覧会の絵を、今日は仕事の合間に観賞した。外が雷雨で大変な天気でも、美術館の中はとても静かだった。描かれた絵の乳白色の肌の色が有名な藤田嗣治だが、今回は渡仏して100年を記念しての展覧会である。渡仏して100年というが、生まれたのは1886年ということだ。

展示の最初でそのことを目にした私は、自分の祖母が生まれた年を計算してみた。すると祖母が藤田とほぼ同年に生まれた事が分かった。

実は私の祖母は画家だった。祖母は大阪の写真館の娘であった。嫁にいかず絵を描くことが許されていたが、20代の終わりに知り合った祖父に求愛され、思案の末家庭に入ったらしい。仲間は絵をやめることを惜しみ、結婚はするなと言ってくれたらしいが、祖母は結局結婚し東京にやって来た。新しい土地で1人の母親として4人の子を産み育て、生涯を終えた祖母。私が生まれる前に亡くなったので、面影をたどるには一枚の写真をたよりにするしかないのが残念だ。

私は、関西で後に名を挙げたの画家たちと共に絵を学んだ祖母は、藤田のフランスでの活躍を知っていただろうと想像する。末っ子の母のことを連れて東京の美術館巡りをするのが常だったという祖母は、当時どんな思いで主婦として戦争の時代とその後を生きたのだろう。それより前、関東大震災に見舞われた東京で、赤ん坊をおぶって混乱の中を逃げ惑ったという若い母だった祖母。絵をやめないで関西にいれば、味わわずに済んだ苦労だったに違いない。困難な時代に子育てをして、夫の介護もした。立派な息子を二人も、天に送った。辛いことが多い人生のなかで、一番可愛がっていた私の母を嫁に出す前に、デッサンした絵を幼い頃見たことがある。寂しい思いがこもった絵だったのだろうと、今になったら分かるのである。

時代や自分のおかれた状況に応じて、新しい場所へ飛び出していった藤田嗣治と私の祖母。旧約聖書の遥か昔でなくても、そういった人生の決断をして生きた先人を考える機会と巡りあえて、私はよかったと思う。決断の結果新たな困難に打ちのめされることがあっても、ぶれずに生きた人たち。決断を肯定的にとらえられない日々もあったろうが、一人は数々の価値を認められた絵を後世に残し、一人は美術センス抜群の丈夫な女の子を育て上げたのだった。

【追記】母に尋ねたところ、フジタの絵の印象が強いらしい。どんな絵だったの?と聞いたら、戦争中に軍のためにフジタが描いた絵を非常に沢山観たそうだ。そのことで思うところも色々あるらしい。祖母のことは母から沢山取材するべきだと私には分かった。

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