許してしまう心
この頃、ホテルやデパートのレストランメニューで、誤表示(偽装表示)が次々発覚し、不祥事としてニュースをにぎわしている。こういった類の事件では、船場吉兆の不祥事が記憶に新しい。しかしこう次々出てきては、あまりの偽装の多さにこちらの感覚が麻痺しそうである。
麻痺といえば、最近ふたつ 顔面まひ の話を聞いた。ひとつは、私があまりにもストレスが多くて帯状疱疹が再発したと友人に話したら、テレビに出ていた 顔面まひ で苦労した女性の様子が、私にそっくりなので気をつけた方がいいと言われたこと。しっかりしていて生活のどんな困難でも前向きに対処し、複雑な人間関係の中にあっても明るく笑顔を絶やさない女性が、無理が高じて顔面まひになってしまったらしい。まだ大丈夫と、たまっていくストレスを重荷に感じすぎないように暮らしている私には、はっとさせられる話だった。
もうひとつは、今日髪をカットしに行った美容院の美容師が、昨日まで顔面麻痺で通院し大変だったという体験談であった。彼はひと月ほど前に家族で東京ディズニーランドに行ったり楽しい日々を送っていたのだが、3週間前に左肩がどうにもこうにも痛くてたまらなくなり、その後今度は左足が痛み出し、そのあと左瞼のけいれんと左耳の異常な痛み等々、思いがけない症状が次々に出て一週間。とうとう顔の左側が麻痺してしまったのだという。結局大病院の耳鼻科に行き、原因はよく分からないが耳の炎症からか?ということで点滴と飲み薬を10日間続けたところ、ようやく回復し、今日は店に出たとのことだ。顔面まひの原因は、どうもストレスだけではないようだ。
話は戻るが、昨今の食材の偽装発覚はあまりにも数が多くて、もはや多くの日本人は「さて、ここは不祥事があったかなかったか?」と考えるのが面倒になってきたと思う。結局「だまされてもいい」と元通りデパートやホテルのレストランを利用し、疑いを持たぬようにしてお歳暮やおせち料理を注文するようになる気がする。騙されたと怒っている日本人がどれぐらいいるだろう。実害が分かりにくい場合、日本人は多分、怒る気持ちや責任追及する思いを麻痺させないと生きていけないのだろう。そういう「あまり事を荒立てないで何でも許してしまう心」が、ここまで日本をダメにした気がしている私は、こういう傾向を嘆かわしいと思う。どこかで見かけたが、偽装をした店は今回なぜ営業停止にならないのだろう。吉兆の時とは、対応がずいぶん違うではないか。偽装表示は法律には触れないのだろうか。
そういう私の心にも「つい許してしまう心」があることを認めよう。いつまでもそれはそのままでいいのだろうか。それが身を滅ぼすことになる前に、本当は点検しなくてはと思う。間違いに気づいたとき、今回もなんとかなると捉えるか、それとも何度目かなのだから根本的に改めることにするか。個人の人生の場合、それは本人の覚悟次第である。
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