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2015/08/29

やすらぎの朝

台風がいってから、朝晩はめっきり涼しくなった。私の好きな夏があっという間に終わり、そのスピードに驚いているところである。

振り返ると、春先から極度のストレスが続き大変だった。その問題がやっと解決しかけた6月から、今度は娘の悩みごとをまるごと受け止め支えねばならなかった。ひどい頭痛に悩まされながら、少しずつ話を聞かせてくれる我が子から「ママがいてくれてよかった 」と言われれば嬉しかったが、付き合いすぎてもうふらふら。やがて夏休みにはいるのと前後して頭痛が消え、朗らかに友達と出掛けるようになってくれたので助かった。少しずつだが事態はよい方へいっている。一方息子は、通っている農園での生活を充実させるため、農園のある町に今日一人で引っ越す。その部屋の準備で、私はここのところ気忙しい日々だった。

くたびれて疲れた私にも、手当が必要なのは分かっていた。そういえばアロママッサージをしている友のところへも、随分長いこと行っていない。しかし先日声をかけてもらって参加した山の学校の合宿キャンプで、近県の同志と語らう時間を持ったときから、私にも変化が訪れた。合宿中ヨーガを習った時、内臓の温度がゆっくり上昇するのを感じた。内側から温まる感覚は心地よく、体だけでなく気持ちも安定した。時を同じくして、私の心の奥底にあった哀しみが溶け始めたようである。いつのまにか私は、やすらぎの泉のほとりに立っている。

これは神の恵みに違いない。希望は絶望に終わることはない。息子は荷物をまとめて出ていった。私も娘と、息子の新生活の手伝いのためこれから出掛ける。はじまりの朝。やすらぎの朝。

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2015/08/28

会者定離

最近心に残った言葉は「会者定離」。これは現在熊本県立美術館にて開催中の「浜田知明のすべて」展の、第三室で見られる彫刻のタイトルである。

この作品では、老齢の男女が背中合わせで立っている。その二人の手は、指でだけ繋がっている。私の好きな銅版画の「月夜」や彫刻の「二人」の男女は、静かに寄り添い抱き合っているのに。

人間は共に生きていくパートナーがあったとしても、やがては離れていく運命を生きている。けれど未練は残る。心が痛む。男女の繋がれた手がそんなことを表現しているのだと思うと、浜田知明が人間を見る目の深さと高い表現力に、ただただ唸るしかない。

思い通りにならないことの方が多かりし人生。「会者定離」という真理を心得ていても、なお割りきることのできない心の繋がりについて、色々と思いをめぐらす夜。月は静かに天頂に浮かんでいる。


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2015/08/11

なつのあさ

私の住まいのそばには、大きな湖がある。
その周りの遊歩道は、犬を散歩させる人やジョガーが多い。
数日前の夕刻、ふと思い付いて娘をウォーキングに誘ったら、いいねとついてきた。
確か立秋の日であった。

夜風は気持ちよく、あちこちから虫の声が聞こえてきた。
私たちは気をよくして、今度は同じコースを朝に歩いてみた。
明るい朝のウォーキングもよかった。
身体を動かすのは心にもいい影響があるようで、新しい経験は新しい発見を生む。
ということでそれから数日、夜に朝に湖周辺をふたりで歩いている。

いろんな話をする。
時には立ち止まり鳥を観察したり、写真を撮ったりする。
すれ違う人と朝には挨拶をする。
いい気持ち。
平和な朝に感謝。

私は逃れてやってきたこの土地で自然に感謝しながら、もうしばらくはこういう暮らしをしたい。
なのに今日 隣の鹿児島県で、原発が再稼働する。
私たちの懸念の声は、無視された。
もし原発で何かあっても、また情報は隠避されるだろう。
日本はそういう国だから。

空気が水がこの土地が、もうこれ以上汚染されることがないように、
心から祈るなつのあさである。

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