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2016/06/08

2016年3月 岩手へ

今年の3月に、友人を訪ねて岩手県に行きました。盛岡観光ガイド→☆

岩手県では今年国体があるそうで、あちこちでわんこそばのキャラクタ―がついたポスターを見かけました(→☆ )。でも私は同じ名物でもわんこそばではなく、じゃじゃ麺に挑戦。白龍(バイロン)のカワトク分店にお邪魔しました。美味しくて楽しかったです。平民宰相・原敬生家近くにある鉈屋町に泊まったのもいい思い出。 →盛岡町屋体験宿泊  

翌日は小雪が舞い寒い寒い朝でした。熊本では桜が咲いているのに、東北はまだまだ春は遠いと思いました。私は車に乗せてもらい、盛岡から遠野を通り釜石へ。時は春の選抜野球大会。21世紀枠で出場した釜石高校の応援で、町は盛り上がっているようでした。町は東日本大震災から5年で、随分元気を取り戻したように見えましたが、私たちはさらに進んで大槌町()へ。

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大槌町は、浜辺から見えるところに蓬莱島というひょうたん形の島がある、三陸の小さな町でした。ここはあの東日本大震災の大津波によって、町が根こそぎ破壊されてしまいました。あれから5年。これが今の大槌町の写真です。墓地がある丘から全景を写しました。中央に多くの行方不明者を出した役場が、そのままの姿で建っているのをみとめられます。山の方の仮設住宅には、今なお多くの方がお住まいだと聞きました。盛岡から沿岸部へゆく道も整備され、国体のための工事が盛んな岩手県ではありますが、暮らしが元通りにならない人たち取り残されたようになっていることに、私は少なからず衝撃を受けました。~案内してくださった方のあの日の記憶を、途中休憩した遠野の風の丘で伺いました。誰にでも一人一人のかけがえのないストーリー(物語)があるということを、しきりにおっしゃっていました。~津波に飲まれた人もそうでなかった人も大きな傷を負い、それを抱えたまま暮らしている現実は辛すぎます。この土地で幽霊の話がよく聞かれるというのも、うなずけます。

歴史をひもとけば、これまで何度も津波が襲った町に、いくら土地をかさ上げするとはいえまた同じ町を建設することの是非が、検討されなければならないでしょう。震災を機に人々の心を押しつぶした瓦礫は、今はもうありません。あの瓦礫広域処理騒ぎはなんだったのでしょう。九州で聞いた話と、東日本大震災の被災地で感じたことには、随分隔たりがあると私は思いました。

駆け足の旅でしたが、最後は光原社を案内していただき満足しました。光原社といえば宮沢賢治。この絵本、私はそういえば持っています。

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盛岡や遠野は、若い頃から一度は訪れてみたい場所でした。今回はそれらのほかに友人のはからいで、遠い大槌まで足を延ばすことができ、現地で被災者支援をしている方々とも知り合うことができました。たった一泊でしたが、忘れることのできない旅になりました。というのはこのあと4月に、私は思いかけず熊本地震を経験することになったからです。

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