2014/08/11

祈りだけでなく

昨年11月に長崎を訪れた折原爆資料館を案内してくださった、語り部の城臺美弥子さんが、69回目の長崎平和祈念式典で被爆者代表のスピーチをした。→城臺美弥子さんのスピーチ

「これは命の問題ですから」、「内部被ばくがあるからよくよく気を付けて」と、福島に住むひとたちと一緒に爆心地を回った私にも、城臺さんは語ってくださった。自分たちの世代が経験した悲劇を無駄にしたくないという言葉には、とても重みがあった。

紹介した記事にもある通り、城臺さんは7月に安倍晋三政権が閣議決定した集団的自衛権の行使容認を「日本国憲法を踏みにじる暴挙」と批判し「被爆者の苦しみを忘れ、なかったことにしないでください」と訴えた。 1945年原爆投下当時6歳だった城臺さんや、成人後もうけたお子さんには異常はなかったが、孫の代に障がいや突然死があったそうだ。そのとき城臺さんは、どんなに悔しかっただろう、悲しかっただろう。

2011年3月11日の東日本大震災によって起こった東京電力福島第一原子力発電所事故の被災者の現状にも、城臺さんの言葉は及んだ。ノーモアナガサキ。祈りだけでなく行動を。長崎から目と鼻の先の鹿児島では、川内原発が再稼働に向け着々と準備をすすめている。福島にはもう大丈夫だからと。避難先から人がどんどん戻されている。果たして大丈夫なのか。長崎で爆発後に人々を苦しめた放射能の被害は、福島ではないことにされてはいないか。

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2014/03/11

くまもとぐらし

くまもとぐらしになって、早2年がたとうとしています。引っ越すにあたり家族や友人たちには大変な心配をかけました。こちらに来てからは、土地の方々に大変親切にしていただきました。

これから熊本に来たい方や、今こちらに来て困っていることがある人、同じような思いの人と繋がりたい方に役立つような情報ページがあるといいと思い、仲間と協力して月末にスタートできそうな所にこぎつけている計画をご紹介します。

くまもとぐらし

Photo

誰かと誰かが繋がるきっかけになることを願いながら。2014年3月11日に思うことでした。

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2014/02/20

3年間を記録する

間もなく2014年の2月が終わる。そしてすぐに3月11日がやってくる。すると東日本大震災からまる3年が過ぎ、4年目に突入することになる。

2011年3月11日。昼下がりの2時46分、私は関東にある免震構造のビル5階の図書室で勤務中だった。蛍光灯の明かりが瞬いたように感じ、あっと思った途端大きな揺れがやってきた。私はすぐに梯子を下り、部屋から慌てて外に飛びだした。廊下にある大きな窓の下に広がる風景は、大きく揺れていた。眼下の林も電線も家も全てがゆらゆら。自分も廊下の壁に手を突いたりしないと立っていられない程の揺れだった。まるで船に乗っているような感じで、頭が真っ白になった。研究室の中から同じく廊下に出てきた先生たちが、これは東北を震源とする地震で、沿岸域に広く津波警報が出ていることを教えてくれた。ノートパッドで画面を見せてもらい、私は自分が何かドラマの中にいるような気がしていた。これは現実なのか。こんなことが起こるなんて。

その後4階の事務室の方が心配して迎えに来て下さったので一緒に部屋に戻った。しばらくすると、停電では仕事にならないし切り上げ帰ってもいいと指示を受けた。私は階段を下りて自転車置き場に行き、自転車で坂を下り大きな交差点に向かった。交差点は信号が停電で使えないので、警察官が出て交通整理をしていた。胸が更にドキドキしてきた。小学校に行っている子どもは大丈夫だろうか。今日地下鉄で東京に行ったほうの子どもは無事だろうか。家に残っている母はどうしているだろうか。

道々やっているはずの商店が閉まっているのが不思議だった。しばらく走ってやっと知り合いのコンビニエンストアが開いていたので入ると、レジスターではなく店員が電卓で計算しながら商品を売ってくれている最中だった。私はパンとカップ麺と麦茶や水のペットボトルを購入した。あの日店を開けていて下さった恩は、今でも忘れない。そのあと家のそばまで来ると、外国からの留学生が寮の外で、何人も集まって寒さに震えながら不安そうに立っていた。私は彼女たちの手を握って挨拶してから通り過ぎた。…そして家が見えてきたら、私の母がランドセルを背負った娘と小学校の方から歩いてくるのが見えた。母が孫を心配して小学校まで迎えに行ってくれたのだった。これまた感謝だった。

結局地下鉄で東京に行っていた息子は、電車が止まりバスも大渋滞で思うように運行できない麻痺状態の首都圏から、夜中の1時にやっとのことで帰宅したのだった。強い子だからきっと大丈夫と信じてはいたが、連絡が取れないまま待っていた何時間かは、とても長く感じられた。

*************

あれから3年。今では私は娘と九州に暮らし、関東に残してきた息子は受験の真っ最中である。さて、この4月からの暮らしはどうなるのか?不確定な要素が多くて心が安定しない日々である。全く落ち着かない。心穏やかに暮らせるようになるのに、一体あと何年かかるのだろうか。分からないことを考えても仕方ないので、私は日々働きご飯を作って家族に食べさせ、友と助け合うことを大切にして生きている。

ここ熊本では震災からの3年間を記録する会が作られ、アンケート調査が始まった。この3年のあいだに、被災地や被災者をめぐる状況は刻々と変わっている。その歩みを記録し、今これから役立つ情報を集め、情報を欲しがっている人に提供できるようにする。そうすることで、第2ステージに入った避難者たちの明日が見えてくるかもしれない。九州や沖縄という被災地から離れた場所だからこそできる被災者支援の方向も、きっと見えてくるに違いない。そういったことは多分、被災地や避難者だけにとどまらず、これからの日本全体にも通じる暮らし方のヒントになるだろうと思う。それらの動きについての記事はこちら→「原発事故子ども・被災者支援市民テーブルくまもと」

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2013/10/27

天皇陛下、ご来熊

中学生の子どもの中間試験が終わり、昨晩はほっとして二人でぐっすり寝てしまいました。そして今朝は、朝の8時半に校門で集合し、子どもはクラブの仲間たちと、高校の演劇部の発表を見に自転車で出かけて行きました。

目的地は7キロ先です。片道7キロって遠いなと思い、地図で調べてみたら、私がこの間自転車通勤したのは片道8キロだったから、それより距離は短い。中学生ならなんてことない距離だと分かりました。

中学生達は、一人の子の兄が所属する高校の演劇を見て感動し、そのあとは近くの公園でいっぱい遊んだんだそうです。普段絵を描いてばかりの美術部でも、天気の良い秋の日には公園で身体を動かして遊び、こんなに楽しそうに帰ってくるのか、と夕飯後沢山話を聞かせてもらいながら思いました。

 天皇陛下、14年ぶりご来熊(←ここをクリック)

さて26日は、熊本に天皇陛下が来るというので、車は交通規制が沢山ありました。新聞記事などに出てくるこの「来熊」というのは、何と読むかお分かりでしょうか?私はここに越してくるまで「熊」という字の音読みを知りませんでした。答えは「らいゆう」です。そうだったんですね。

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2013/09/12

♪夢の途中

2020年に開かれる夏季オリンピックの開催地が東京だと決まった朝、私は6時に目が覚めた。すぐにニュースを確認してそのことを知った時、これが夢の途中だったらいいのにと思った。もう一度眠ってから目覚めたら、別の都市での開催が決まっていたらいいのにと。

東日本大震災から2年半。いまだに故郷に帰れない人々、故郷にありながら不安に過ごす人々、健康被害を防ぐため遠くに移住した人々、色々な苦難がある日本に7年後はあるのか。7年後、私は自分が生きていることすら想像できないのに、テレビでは五輪開催関連のニュースが飛び交う。この状況を悪い夢のように思っているのは、私だけではないと信じたい。

私は子どもを思う母親の気持ちを考える。想像を絶する規模の地震が起こり、懸念されていた原発事故が起こった。その被害は津波による甚大なものだけでない。津波だけでもどれだけの命と暮らしが奪われたか、立ち直るには大きすぎる被害なのに、目に見えない放射能が何処まで飛散したか、その値が正確に示されていない。空間線量だけでは分からない。土壌の検査をし、検出された核種がどんなものなのか、その値が意味するところはどういうことなのかを、多くの国民は知らない。

多くの人々の混乱と苦しみを覆い隠すような五輪のニュースに、私は目と耳をふさぐ。同じ国のことなのに、復興を利用した金儲けが繰り広げられようとしている。福島からたった250キロの東京は、福島を切り捨てた。私はそう感じた。これから言いたいことも言えない時代がやってくる。ぼやっとしていたら、命がいくつあっても足りない時代になったのだ。

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2013/04/16

クリプトン星人

娘が理科の勉強をしている横で本を読んでいたら、大きな声で「ねぇねぇ、見て見て。」と言う。なにごとかと目の前の理科の教科書を覗き込むと、そこには私が中学時代苦手だったものがあった。 周期表(←ここをクリック) 

彼女が指さす表の右はじにあったのは、クリプトン。そう、クリプトンとは、今わが家で注目のスーパーマンの生まれた星の名前である。我らは発見に興奮し、俄然興味がわいてあれこれ元素について勉強した。

スーパーマンが出てくるアニメはジャスティスリーグ(←ここをクリック)。アメリカのヒーローものである。オープニングの音楽を聞くと勇気が出るので、私は昔から好きだった。戦後日本は、アメリカによって動かされている構造が分かったばかりなのに(→★)、娯楽ではすっかりとりこまれている自分は矛盾していると思う。問題に気付いたからには、食べ物と一緒で本当は気をつけないといけないんだろうと思うけど、何でもかんでもは無理みたい。まぁいいか。

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以前自分が好きだったアニメに、こんなのもあった。これは余談。

SAMURAI JACK

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2013/04/08

若者の特権

中学生の時朝礼で生徒指導の厳しい先生が、生徒たちの校則違反を嘆いて言っていたことを思い出している。確かこういう内容だった。「若い人がなぜ誤魔化すのか。若い人の特権は潔癖であることなのに。」

私は長年この時の言葉の意味が分からなかった。潔癖であることというのは、どういう意味なのだろうかと。しかしこの土曜日にあったイベントに参加して、初めて私は先生が言おうとしていたことが分かった気がした。それは下記のものである。

  福島県立相馬高校放送局 九州上映会(長崎・水俣・熊本)

熊本大学の石原先生の呼びかけの言葉にあるように「いま震災/原発災害下で起きていること」を発信してくれたのが、この高校生たちであった。相馬高校は2011年3月11日、震度6の地震に見舞われ、生徒の中には大津波によって家を流され家族を失った者もいた。それから2年。地震・津波・原発事故に晒され、今尚相馬に暮らす彼女たちは、放送局に入って音声や映像によって揺れる気持ちを表現してきた。今回はそれに加えて演劇部の上演作品を映像に収めたものも上映された。大変な迫力に、会場にいた者たちは圧倒された。そこで私がこの高校生に感じたのが、「若者の特権」である。若いからこそ自分たちが思うことをそのまま表現できたと思うし、このような上映会が実現したのだ。

会に参加し作品の制作過程や「今伝えたいこと」を聞いて、私の思うところは色々ありすぎてまとまらない。ただ現在日本に突き付けられた課題は、あまりにも大きいとしか言えない。

これは私が最近見つけた日本地図。興味のある方は是非、実物を手に入れてご覧になっていただきたいと思う。

  地球子ども新聞 133号

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2013/03/25

119のはなし

「熊本は寒暖の差が激しいから、春と秋の1週間ずつしか、気候のいい時がない。あとはとにかく暑かったり寒かったりで大変だけど、ここで1年やれたら、もうどこにでも行けるわよ。」

と先日職場の先輩に言われた。声をかけてくださって有難いが、私はこれ以上どこかに引っ越す元気は今のところないのである。しかしとにもかくにも間もなく移住して1年。なんとかやってこれたので、それは本当に良かったと思う。今日の熊本日日新聞の記事はこちら。      

県内への避難者400人超える 東日本大震災 2013年03月25日

記事にもあるが、実際には避難者はその倍以上いると思われるので、県の実態調査が待たれるところである。

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さて、昨日のことである。職場で救急車の話になった時のこと。

ある人が、

「はい、ですから110ですね。」

と言ったので違うと思い、

109ですよ。」

と言ってしまった私。すぐ間違えたと気付いたが、109って渋谷のファッションビルの名前ではないか。救急車と関係ないじゃん。懐かしい渋谷の駅に、昔ながらの東横線のホームがなくなって様変わりしたというニュースに、最近しみじみ寂しいと思っていたけど、うっかり間違えた自分に笑ってしまった。

救急車を呼ぶ時は119。間違えないようにしないとね。

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2013/03/19

レイチェル・カーソン~別の道を歩く勇気~

レイチェル・カーソンは、環境問題に警鐘を鳴らし『沈黙の春』を書いたことで知られるアメリカの海洋学者です(1907-1964)。私はもう一冊の名著『センス・オブ・ワンダー』を、子どもが小さい頃読みました。

沈黙の春
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実は、レイチェル・カーソンの新しい伝記を知人からいただいたので早速読んでみたところ、現在日本が置かれている状況に当てはまる警告を当時から彼女が発していたことが分かり、大変驚いています。レイチェル・カーソンは、1963年10月18日に行った最後の講演の中で、実に先見性の高いことを述べています。

「…放射性物質による環境汚染は、あきらかに原子力時代とは切り離せません。それは核兵器実験ばかりではなく、原子力のいわゆる『平和』利用とも、切っても切れない関係にあります。こうした汚染は、突発事故によっても生じますし、また廃棄物の投棄によって継続的に起こってもいるのです。」

レイチェル・カーソン―いのちと地球を愛した人 (ひかりをかかげて)
レイチェル・カーソン―いのちと地球を愛した人 (ひかりをかかげて) 上遠 恵子

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レイチェル・カーソンは命を削って、農薬に使われる化学物質の規制をしなければ私たちの命や地球が壊されていくと知らせてくれました。激しい迫害にあいながらです。また、環境を壊すものは化学物質だけではないことも教えてくれました。亡くなってからあと少しで50年です。今の世界を見渡すと、残念ながら彼女の警告が生かされなかったことが分かります。けれど今からでも未来の世代に対して責任を持ち、できるだけのことをするのが大事ではないかと私は考えます。

上遠恵子さんの書いたこの本は文章が素晴らしく、短いけれど大変読みやすいです。地味な本ですが、書店や図書館で見かけたら是非手に取っていただきたいと思い、ここに紹介しました。

【追記】 レイチェル・カーソン日本協会のホームページはこちら →★

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2013/03/02

長い影

福島のことを「フクシマ」と表記することで、不快な思いをする人たちがいる。福島は2011年3月11日を境に、以前の福島ではなくなってしまった。それは事実である。もう後戻りはできない。歴史的に特別な意味を持った場所になってしまったという意味で、ヒロシマ・ナガサキ・オキナワと表記されるのと同じように、フクシマと表記されることは、仕方ないことなのではないかと私は考える。 でも嫌な気持ちを持つ人がいるのだから、配慮しなくてはいけないとも思う。

*********

私は放射線による目に見えない健康被害を心配している。以下に紹介するのは、平成23年10月5日から13日に、当時の衆議院議員運営委員会理事会メンバーを中心とする超党派13人が、ウクライナ、オーストリア共和国、フランス共和国を訪問した際のチェルノブイリ原発事故調査団の報告書の一部である。時間のない方は、結論と提言だけでも是非読むべきである。事故からもう、2年もの年月がたとうとしている。テレビや新聞では知りえぬ情報だろうか。これは衆議院のホームページに掲載されている内容である。

チェルノブイリの長い影(←ここをクリック)

さて、福島第一原発事故が、チェルノブイリ事故の規模や性質とどう異なるかは、様々な議論があると思うが、私はその点についてこの情報を参考にしている。

院長の独り言(←ここをクリック)

その他、参考文献。アメリカと日本との関係について。

戦後史の正体 (「戦後再発見」双書)

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NHKで放送されたのと同じ内容のものはこちら。

低線量汚染地域からの報告―チェルノブイリ 26年後の健康被害

低線量汚染地域からの報告―チェルノブイリ 26年後の健康被害 馬場 朝子 山内 太郎

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今日は3月1日。第五福竜丸事件も忘れてはいけない。

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