2016/11/03

11月に思うこと

  11月になりました。今日は文化の日。国民の祝日のため仕事は休みですが、ちょっとやり残したことがあるので、事務所に寄ってから今日の用事のためにまちへ繰り出そうかと思っています。私は今とあるプロジェクトに参加し、NPOで10月から働いています。待遇が割合いいのと、私の今までの経験を活かすことができる職場なので毎日楽しいです。ここでしばらく働ければ一番いいのですが、年度内に活動がいったん終了するので、来年早々にはまた就職口を探さなくてはいけないのが難点。でも、今後に繋がっていくような気がします。

  この11/6㈰には、熊本地震の被害が大きかった西原村でイベントに参加します。今から天気が気になりますが、ワクワクしています。
 10月は本当に、ずっと父親と祖母に守られているような感覚で過ごしました。 そういえば、南阿蘇のすすき野原に行くこともできたんです。金色の秋の風に吹かれて、穏やかな平和なひとときでした。こんな時間が来るなんて、地震直後には想像もつかなかったです。この半年、よくやってきたと思います。多くの方々のお励ましに感謝の11月がスタートします。

2016

この頃、前の席の先生がお昼になると「今日はどんなお弁当ですか?」と楽しみにしているので、私は手抜きができません。先生は特大の手作り弁当を美味しそうにいつも召し上がっています。私もニコニコ一緒にお弁当をつつきます。 Photo

  こんな風に今月は、いろいろ楽しく過ごせそうでよかったです。

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2016/06/08

2016年3月 岩手へ

今年の3月に、友人を訪ねて岩手県に行きました。盛岡観光ガイド→☆

岩手県では今年国体があるそうで、あちこちでわんこそばのキャラクタ―がついたポスターを見かけました(→☆ )。でも私は同じ名物でもわんこそばではなく、じゃじゃ麺に挑戦。白龍(バイロン)のカワトク分店にお邪魔しました。美味しくて楽しかったです。平民宰相・原敬生家近くにある鉈屋町に泊まったのもいい思い出。 →盛岡町屋体験宿泊  

翌日は小雪が舞い寒い寒い朝でした。熊本では桜が咲いているのに、東北はまだまだ春は遠いと思いました。私は車に乗せてもらい、盛岡から遠野を通り釜石へ。時は春の選抜野球大会。21世紀枠で出場した釜石高校の応援で、町は盛り上がっているようでした。町は東日本大震災から5年で、随分元気を取り戻したように見えましたが、私たちはさらに進んで大槌町()へ。

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大槌町は、浜辺から見えるところに蓬莱島というひょうたん形の島がある、三陸の小さな町でした。ここはあの東日本大震災の大津波によって、町が根こそぎ破壊されてしまいました。あれから5年。これが今の大槌町の写真です。墓地がある丘から全景を写しました。中央に多くの行方不明者を出した役場が、そのままの姿で建っているのをみとめられます。山の方の仮設住宅には、今なお多くの方がお住まいだと聞きました。盛岡から沿岸部へゆく道も整備され、国体のための工事が盛んな岩手県ではありますが、暮らしが元通りにならない人たち取り残されたようになっていることに、私は少なからず衝撃を受けました。~案内してくださった方のあの日の記憶を、途中休憩した遠野の風の丘で伺いました。誰にでも一人一人のかけがえのないストーリー(物語)があるということを、しきりにおっしゃっていました。~津波に飲まれた人もそうでなかった人も大きな傷を負い、それを抱えたまま暮らしている現実は辛すぎます。この土地で幽霊の話がよく聞かれるというのも、うなずけます。

歴史をひもとけば、これまで何度も津波が襲った町に、いくら土地をかさ上げするとはいえまた同じ町を建設することの是非が、検討されなければならないでしょう。震災を機に人々の心を押しつぶした瓦礫は、今はもうありません。あの瓦礫広域処理騒ぎはなんだったのでしょう。九州で聞いた話と、東日本大震災の被災地で感じたことには、随分隔たりがあると私は思いました。

駆け足の旅でしたが、最後は光原社を案内していただき満足しました。光原社といえば宮沢賢治。この絵本、私はそういえば持っています。

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盛岡や遠野は、若い頃から一度は訪れてみたい場所でした。今回はそれらのほかに友人のはからいで、遠い大槌まで足を延ばすことができ、現地で被災者支援をしている方々とも知り合うことができました。たった一泊でしたが、忘れることのできない旅になりました。というのはこのあと4月に、私は思いかけず熊本地震を経験することになったからです。

3.11岩手・大津波の記録 〜2011東日本大震災〜 (

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2016/03/10

♪ハルジョオン・ヒメジョオン

~哀しいほど紅く
夕陽は熟れてゆくの
私だけが変わり
みんなそのまま~

私は2016年3月11日を前に、
今はこのユーミンの歌のような心境です。
忘れないために、ここに書いておきます。

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2016/03/01

♪最後のニュース

まもなく3月。そう、悪夢のような東日本大震災から丸5年が経とうとしている。胸に去来するものは様々だが、福島の詩人を取材したこの毎日新聞の記事が強く印象に残ったので、その一部を紹介する。どうかご一読を。

【この国はどこへ行こうとしているのか 東日本大震災5年・詩人和合亮一さん】(毎日新聞 2016年2月19日 東京夕刊)
http://mainichi.jp/articles/20160219/dde/012/040/002000c

和合亮一といえば、2011年3月16日に<放射能が降っています。静かな夜です>という詩を書いた人である。静かな恐怖が伝わってくる。それから5年がたとうという最近の作はこれ。<今 新幹線に乗っています 日本中の みなさんに 言いたいのです 私たちの この列車 どこに 向かっていますか 加速する夜 あなたは どんなことを あきらめていますか あきらめていませんか 途中下車せよ>だそうだ。なんと胸を打つ言葉であろうか。震災直後の混乱と恐怖の中、人々は命が何よりも大切と考えたはずなのだが、国の方針は原発の再稼働を押し進めている。反省や後悔は無いかのようだ。これでいいのだろうか?

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日本の近代を振り返ると、1923年9月1日の関東大震災のあとしばらくして、漠然とした不安を理由に芥川龍之介が自殺した。大正デモクラシーの後、時代は昭和に入った頃の事だ。その後日本ではあれよあれよというまに軍国主義が台頭し、周囲の国を巻き込んで破滅へと向かっていった。兵隊は諸外国で人を殺し、国内ではやがて一般市民がアメリカの攻撃によって亡くなった。1945年8月には2つの原爆投下。そして敗戦。

明治維新後日本が目指した近代国家のなれの果ては、焦土と化した日本だった。それから日本は大きな反省のもと平和憲法を掲げ、経済発展を遂げた。~私は鉄腕アトムに描かれた未来を夢見て成長した。大人になった。子どもを授かった。

##########

そして迎えた2011年3月11日。東日本大震災という大災害に我々は遭遇した。三陸沿岸は大津波に襲われ、地震によって東京電力福島第一原子力発電所が爆発した。大きな災害がもたらしたものは、多くの人の死であり、大きな大きな喪失であった。また、今まで目に見えなかった社会の歪みの出現あり、人間の分断の構造であった。

原発は地震によって壊れた。見えない放射能が世界中に撒き散らされた。それは今でも進行中。コントロールできないまま、海や山や大地を汚染し続けている。しかし、これだけの惨事があったにも関わらず5年経った今はもう、経産省の役人が考えた筋書き通り原発の再稼働は着々と進んでいる。悲劇は覆い隠され、電力会社の望むままに。老朽化した原発がもう壊れないという保証はどこにもないのに、何故なのだ?

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今日もまた危ないニュースが入ってきた。高岡原発は古い原発だ。そこであろうことかMOX燃料の4号機がトラブルだ。スイッチを入れる度に❗今まさに映画のチャイナシンドロームと同じようなことが、我々の目前で起ころうとしている。この期に及んで、何故やめられない、止められない ?

もうこの世の終わりが見えてきた。日本に未来はない。私の暗澹たる気分は深まるばかりである。


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2016/02/24

水色の物語

「水曜日に開封してください」と私のもとに届いた手紙。差出人は、熊本は赤崎水曜日郵便局。水曜日まで待って開けてみると、そこには若い女の子の物語がつづられていた。

話は私がとある日曜日に、熊本の芦北にある つなぎ美術館 を訪ねたところにさかのぼる。あの日私は、高速を飛ばして津奈木町まで出かけ、美術館にあったポストに手紙を投函したのだった。水色にキラキラ光る海のある小さな町を見下ろす丘にケーブルカーでのぼり、ひととき思いをはせた。その思いを綴った手紙は、どこの誰にとどいたのだろう。興味が広がる。なんて素敵なプロジェクトだろう。

このプロジェクトは「赤崎水曜日郵便局」 という。海に浮かぶ赤崎水曜日郵便局に自身の水曜日の物語を送ると、知らない誰かの水曜日の物語が送られてくるというちょっと不思議なアートプロジェクトです(この紹介文は、『赤崎水曜日郵便局』の公式ブログより)。

赤崎水曜日郵便局
赤崎水曜日郵便局 楠本智郎 つなぎ美術館

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私は、慰めのハートもそうだけれど、こういう物語が好きである。誰かの気持ちが誰かに届く、誰かの物語が違う誰かに届く。こういう繋がりによって、人が慰められたり元気が出たりする。そういうことが、なんだかいいなぁと思うのである。

 

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2015/12/11

アメリカひじき

アメリカひじき・火垂るの墓 (1968年) アメリカひじき・火垂るの墓 (1968年)
野坂 昭如

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;水木しげるが逝き、今度は野坂昭如が逝った。85歳だったということだが、同世代の大橋巨泉が安倍体制に批判の声を上げているように、文筆家の野坂昭如はこのような文章を『通販生活』に寄せていた。戦後「火垂るの墓」を書いた野坂昭如が、2015年の日本に遺した文章を、以下に掲載する。

・・・・・・・・

「世の中は移りゆくもの。ぼくの生きた80余年は猛スピードで変化を遂げた。うわべにしろ、飢えは遠ざかった。なるほど便利になった。で、めでたしめでたしか。ぼくには到底そうは思えない。末期の目で眺めれば、先行き暗くてよく見えない。

 敗戦直後から日本人は本当によくがんばったと思う。まずは人間らしい生活を営むことから始まり、豊かさを目指し、生活水準はたちまち戦前を越えて、高速道路、高層ビルの立ち並ぶ日本が出来上った。高度経済成長を支える柱として、原発の必要性がいわれ、うわべ民間会社、実は国の御旗のもと、原発政策は推し進められた。当初懸念されていた原発のマイナス点は、文明の利器の恩恵のもと無視され続け、小さな島国はいつの間にか原発列島と化していた。この原発、当初から事故だらけ、さらにどの国もあまりに危険と早々に撤退した高速増殖炉に目をつけ、原子力の平和利用をたかだかとうたい、スレスレの事故を繰り返しながら、これについては隠蔽。商業用プルトニウムと軍事用のそれとは異なるという説もあるが、どちらにしても原爆の材料であることに違いはない。世界はそれを承知。日本だけ、事故だらけ、先行きの見込み立たぬまま、今なお莫大な金をかけながら維持し続けている。

 2011年3月11日の東日本大震災を受けて直後の日本人は、自然の脅威にさらされ、人間が自然の中のちっぽけな存在に過ぎないことを自覚させられた。福島第一原発の事故では、原発、放射能の恐さを思い知らされた。人間がコントロール出来ないものだとよく判った。仕事を奪われ、生活を変えざるをえない、未だ避難を強いられている人たちがいる。一生戻れない人がいる。事故当初しきりに伝えられた、安全は保たれている、放射性物質の放出によって、直ちに体に異変をきたすことはないという東京電力及びお上の言葉は、希望的観測に過ぎず、もはやこれを誰も鵜呑みにしてはいない。

 ぼくらは連日、数値に敏感になり、汚染水についてその現状を固唾を飲んで見つめていた。半年、一年、二年と震災から日が経つにつれ、再稼働ありきの動きが目立つ。電力の不足が経済活動の妨げになる、経済こそ大事、今後のために必要不可欠だという。あの原発事故は、日本のエネルギーをどうするか、お上任せだった原子力発電について、国民が自ら考えるきっかけになりえた。

今はどうか。福島の事故は国がどうにかすると思い込んでいる。原発列島、便利さと引き換えに増え続ける放射性廃棄物の量は限界をこえなお、ぼくらはどうにかなる、誰かが何とかしてくれると、楽観主義で過ごそうとしている。だがそれは無責任主義と同義語である。

 原発について推し進めてきたお上、再稼働にしゃかりきになっているのもお上、はっきり言って原発についてほぼ素人の政治家が、今後の方針を決めるなど、土台無理なのだ。無責任もいいところ。それを見ている国民も同罪。

 安倍首相は国民の命と平和な暮らしを守る責任があるといい、集団的自衛権の行使容認を決めてしまった。抑止力を強化するのだという。曖昧な抑止力ほど危ないものはない。何にしろ、一旦、力というものを持てば、使ってみたくなるのが人間。国民の生命、財産、日本の将来に関わる大事な問題を20人足らずの閣議で決める、これは暴挙といっていい。これについても世間は何やら物騒だと眉をしかめる程度。

《原発も集団的自衛権の行使も、被害を被るのはぼくらの子や孫、
 またその子供たちである。
 ぼくらには駄目なものは駄目という責任がある。》

今が良ければという思考停止はもう通らない。日本は今、薄氷の上に佇んでいるようなもの。その足元を少しでも丈夫にして、次世代に引き渡すことが、生きている人間の本来の仕事である。」

★山椒言:野坂昭如さん「原発も集団的自衛権の行使も、被害を被るのはぼくらの子や孫...」|読み物|通販生活® https://www.cataloghouse.co.jp/yomimono/141216/

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2015/08/29

やすらぎの朝

台風がいってから、朝晩はめっきり涼しくなった。私の好きな夏があっという間に終わり、そのスピードに驚いているところである。

振り返ると、春先から極度のストレスが続き大変だった。その問題がやっと解決しかけた6月から、今度は娘の悩みごとをまるごと受け止め支えねばならなかった。ひどい頭痛に悩まされながら、少しずつ話を聞かせてくれる我が子から「ママがいてくれてよかった 」と言われれば嬉しかったが、付き合いすぎてもうふらふら。やがて夏休みにはいるのと前後して頭痛が消え、朗らかに友達と出掛けるようになってくれたので助かった。少しずつだが事態はよい方へいっている。一方息子は、通っている農園での生活を充実させるため、農園のある町に今日一人で引っ越す。その部屋の準備で、私はここのところ気忙しい日々だった。

くたびれて疲れた私にも、手当が必要なのは分かっていた。そういえばアロママッサージをしている友のところへも、随分長いこと行っていない。しかし先日声をかけてもらって参加した山の学校の合宿キャンプで、近県の同志と語らう時間を持ったときから、私にも変化が訪れた。合宿中ヨーガを習った時、内臓の温度がゆっくり上昇するのを感じた。内側から温まる感覚は心地よく、体だけでなく気持ちも安定した。時を同じくして、私の心の奥底にあった哀しみが溶け始めたようである。いつのまにか私は、やすらぎの泉のほとりに立っている。

これは神の恵みに違いない。希望は絶望に終わることはない。息子は荷物をまとめて出ていった。私も娘と、息子の新生活の手伝いのためこれから出掛ける。はじまりの朝。やすらぎの朝。

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2015/02/02

♪残されたもの

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昨日教会に飾られていた花は、私の好きな色の組み合わせでした。 記念に写真に撮りました。

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2015/01/21

人の命

総理は武器や原発を売るために外国に行って、私たちの税金をばらまいている。 20年前の阪神淡路大震災の追悼をする日にも中東に出かけていた。日本で式典に出たのは、総理ではなく天皇陛下だった。 そしてその中東でタイミングよく、以前から捕えられていた日本人二人のための身代金を72時間以内に払わないと殺すぞ、と脅される羽目になった。 この総理にとって、人の命って何なんだろう。大事じゃないのかな。殺害されるかもしれない日本人ふたりのうち後藤さんは、私の母教会の教会員であり、私もその本をうちの子どものために持っている。今回の事件の背景は分からないが、後藤さんは家族もある真面目なジャーナリストである。 この人は、このまま見殺しになるのだろうか。こういう目にあうのは自己責任だといって、切り捨てられるのだろうか。どうして日本人が捕らわれているのを知りながら、総理は彼らを危険に晒すようなことをしたのだろう。考えなかったのだろうか、そういう危機意識はなかったのだろうか。誰に褒められたくて、出かけていったのだろうか。この国は大丈夫なのか。今度は丸の内で爆弾が爆発するかもしれないじゃないか。

ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白
ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白 後藤 健二

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2015/01/19

REQUEST

REQUEST
REQUEST 竹内まりや

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このあいだの夏に妹が来たとき、いまだにユーミンばっかり聴いていると驚かれました。私はこの土地の食べ物や自然の綺麗な場所の探検にはお金をかけますが、そうそう、映画を見るのにもお金を惜しみませんが(たった100円のレンタル料でもね!)、音楽だけは昔持ってるCDを聴くので済ませていたのです。

ところがさすがに飽きてきてしまい、また昔から持っているCDボックスを整理してみると、出てきたのがこの竹内まりやの「リクエスト」でした。 これは繰り返し聴けば聴くほど、よくできたアルバムで、持っていてよかったなぁと思っています。今気に入っているのは、 ♪夢の続き  という曲です。

なんだかJUJU。これもよいのかもしれないですね。こういうのもたまに、聴いてみようかしら。

Request II
Request II JUJU

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