2006年9月30日 (土)

最終回

遂に終わった「純情きらり」。私ははじめははちゃめちゃだけど面白いし出演者も多彩なので期待して見ていて、分厚い原案も頑張って読んだのに、ドラマ自体は後半あまりにも共感できないようなエピソードが続き、がっかりさせられた。

巷では戦争で死ぬはずだったキヨシが生還して成金となったので、そのお金で初恋の人桜子に特効薬を買ってくれて、桜子が結核から甦るかも?といわれていたが、やっぱりそのまま桜子回復せず。死を覚悟し胸に抱くことができない子どもへ自分の人生を語るだけで終わってしまった。これが美学なんだろうか?私には納得がいかないが、これでも十分感動した人たちがいるので、NHKは満足しているのだろう。

とにもかくにも、支離滅裂だったドラマが終わって清々した。来週から始まる「芋たこなんきん」は藤山直美が主演の大阪もの。面白そうだな。今度こそ疑問を感じる展開は勘弁してくださいね、NHKさん。全く余計なお世話だが、原案を書いた太宰治の娘の津島佑子さんは、このドラマのお陰で本が売れたとは思うけれど、原案とは全く違うドラマになったこの「純情きらり」についてどのような感想を持っておられるのか興味がある。

最後にタイトルの「純情」のことだが、どこが純情だったのかよくわからない。主人公がひたすらひたむきに生きた姿勢が純情だった、と言いたいのかなあ。最後までしっくりこなかったなあ。愚痴はここまで。来週からは新連ドラの感想を書きます。

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2006年9月25日 (月)

きらりの意味

「純情きらり」がいよいよ最終週。視聴率がいいようで、朝日新聞に数日前に記事がのったり、今日のテレビ欄にも紹介があった。ネタバレであった。それによると、どうやらとって付けたような終わりかたになってしまいそうで…。

とうとう桜子は原案のように、結核になってしまった。しかし、妊娠しているし味噌屋の女将が結核になったのに病院ではなく自宅療養っていうのが、どうしても不自然だと私は思ってしまう。しかも、当主である達彦が看病っていうのも…。ありえないと思う…。裕福な味噌屋なんだから、病院にいれないはずはないのになあ。こういう嘘くさい設定は、ドラマだからと見過ごせる場合と見過ごせない場合とあり、私はどうしても見過ごせない。

中止になった演奏会に招待していた元教え子からの葉書は今日紹介されたけれども、西園寺先生は?一般客は?誰がどう説明して中止したのかしら…。何も当日に倒れなくたっていいじゃない。病院からふらふらと店先にもどったのを迎えた店の者たちは、奥に布団をひいてますで、なんて軽い調子でね。演奏会を中止するほど具合の悪い結核患者なら、絶対私なら入院させます!!!しかも、妊婦に何度もX線でレントゲンをとっている。大丈夫?

結核だとわかって達彦がそれを桜子の姉・笛子と杏子、そして義兄の杉冬吾に知らせたのが岡崎だったのだけど、そのあとしばらく養生したあと東京から勇太郎が久しぶりに登場して見舞いに来た際、銀座で開かれた杉冬吾たちの展覧会が好評で、という新聞記事を見せるところも変。さっきまで冬吾が出ていたじゃん、おかしいよ、と私は思ってしまう。

それから「純情きらり」というタイトルが私にはぴんとこないとブログのはじめに書いたけれど、「きらり」の部分は桜子が命とひきかえに産んだ子に願いをこめてつけた名前「輝一」で説明がつくとして、「純情」のほうは?どこが純情なのか、さっぱりわからないのである。とことん不幸では辛すぎるけれど、中途半端にしあわせだっただけで、あとはとことん不幸なのは、生きる希望を視聴者に与えるとは私は思えない。不幸だけれどもこんな生き方もあったんだよと思わせるには、とって付けたようなエピソードを並べるよりも、明るいテーマ音楽よりも、かわいいあおいちゃんの笑顔よりも、演技力のある魅力的な俳優たちよりもなによりも、筋の通った脚本が大事だったんじゃないだろうか。生と死が描きたかったのか、音楽が描きたいなら味噌屋の話はないほうがよかったし、味噌でいくなら音楽は趣味程度にしておけばよかったし、どっちつかずでテーマがてんこもりで、無理がありすぎた。ざんね~ん。

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2006年9月23日 (土)

斎藤先生

「純情きらり」も来週には終わるので、今日はやっぱり見ておこうかなとテレビのスイッチをいれると、なんと劇団ひとり演じる斎藤先生が登場したではないか。ファンが多かったので、最後にもう一度、ということだったのだろうけれども、私も斎藤先生のエピソードを楽しみに見ていた口なので、「その後」を知ることできたよかった。

桜子の演奏会の招待状を元教え子に送ったり、ちらしを名古屋に貼ったり、練習も日に何時間もしたり、西園寺先生も東京からかけつけるとか言っていたはずなのに、当日になって桜子が倒れた。そして、とうとう桜子が病気だということ、しかも病名が結核とわかるということで、原案の『火の山』とその部分は一緒なんだなということがわかった。どうせこうやってコンサートは中止とわかっていたなら、達彦が自分はピアノの弾き手としてずっと上だったということは忘れたかのように(つまり弾き手の気持ちがよくわかるはずなのにという意味…)「演奏会はまたにしよう」と言ってみたり、斎藤先生の再会があってまた応援したりという、とってつけたような話は入れて欲しくなかったなあ。まあ愚痴はこれくらいにしておこう。

とにもかくにも来週にはこのドラマは終わってしまい、その次からは藤山直美が主人公を演じる「芋……」がはじまるのである。朝の雰囲気が全然違うものになりそうで、それはまた期待していたりする。

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2006年9月21日 (木)

後味

「純情きらり」をあんなに楽しみに観ていた私だが、ここ数日はもうパス。なんだかついていけなくなってしまった。

桜子が紆余曲折あったあげく、ついに結婚したときに、原案の本では戦中戦後の苦労(被災・看病などなど)でわが身を削って家族に尽くしぬいた桜子が、自分がしわだらけのおばあちゃんみたいじゃなあい?こんな私でも達彦さんと結婚していいのかしら、などと泣かせる台詞を言うのだが、ドラマではわが身を振り返ることもなく、とんとんと結婚してしまった。

なんだか味わいもへったくれもなくて、がっかりした。原案とは違う作品であるとはわかっているのだが、そういう深みがないのがとにかく残念。そういえば、子ども時代の桜子と坊っちゃんも、知り合いだったのだから、二人が惹かれあうようになる過程でその子ども時代の印象を述べ合うとか思い出すとかしてもよかったと思うし、そうでなければヘンなんだけど、そういう描き方も足りなかったようだし。おてんばの桜子が味噌蔵で味噌に落っこちたところも気に入らなかったんだよな。ありえないっていうか、なくてもいいエピソードだと思ったし。支離滅裂で、感情移入ができたのは、桜子が音楽大学入学で頑張っているころだけだったなあ。

桜子が今一体何歳なのか…たぶん26~7歳なのだと思うが、そう見えないの…苦労したように見えないの…可愛すぎて。宮崎あおいさんは、そこまですごい女優さんなのかどうか、そこんところも疑問です。若さが売りなんだよね、今はまだ若い…。とにかく、後味の悪い終わり方になりそうで、残念。

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2006年9月 7日 (木)

「さくら」

2002年の、NHK連続テレビ小説さくらは、私の大好きなドラマだった。本当に楽しみに毎回見ていたけれど、残念なことに終盤、話がだれてしまい、失速したのだった…。

その思いを今回の「純情きらり」でも私は味わっているのだが、それでも応援しているし、それでも最後までファンだし、きっとこれから何年たっても、わくわくどきどきしながら毎朝見たこのドラマを、ずっと好きだろうと思う。

そんなことを、なぜか明け方に思っている私。よっぽど現実逃避したいのね…。

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2006年9月 5日 (火)

ざんね~ん

「純情きらり」を、まだ観ている。最近は内容がどろどろして、重たい気分になりながら、最後まで見届けようと観ている。だけど、主人公の心の支えは、一体何なのか。共感しかねるところもあるのが、残念だ。

父の愛したレコードから流れるJAZZ。母が生きていた頃の、平和な時代の象徴である♪埴生の宿。青春時代に没頭したピアノ。恋人。家族。作曲。おかみ修行。

テーマがしっちゃかめっちゃかで、舞台もあちこちへ。岡崎から東京へ(マロニエ荘で音大受験)。東京から岡崎へ(味噌屋修行~達彦の出征~介護)。岡崎から東京へ(姉夫婦の手伝い)。空襲を逃れて岡崎へまた戻り、空襲。終戦。ふ~。

いよいよ戦争が終わり、今度はJAZZ?恋人がまさかの帰還。励ましあって味噌屋の再興。そして、めでたしめでたしとなるの?太宰治がモデルである、杉冬吾の心中事件は、あるんだろうか?原案の壮絶なドラマに比べ、連ドラの宿命かもしれないけれど、面白いものを書こうとするあまりまとまりがないし、後味もよくなさそうだし、最後が心配。やっぱりタイトルが「純情きらり」っていうのはうなずけないなあ。達彦さんと桜子の爽やかさイメージが、最後まで続けばよかったんだけどなあ。

やっぱりタイトルは、ほかにもっとふさわしいのがあるに違いない。例えば…例えば…と考えをめぐらしている、初秋の宵。♪フランシーヌの場合はあまりにもおバカさん…って感じもするよね~。「桜子の場合は、あまりにも支離滅裂…」。ざんね~ん!

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2006年9月 1日 (金)

運命の分かれ目

「純情きらり」は、太平洋戦争の末期で、暗いムードが続く。空襲で家族が死ぬ。恋人が戦場に行ったまま、消息を絶つ。病で大切な人が逝く。子どもが病気になる。

今日は、岡崎に空襲があった。B29の、低い唸り声のような爆音。ひゅるひゅるひゅると落ちてくる、焼夷弾の映像。恐ろしい。本当に、恐ろしい。60年以上前、日本はこの空襲に、脅かされたのだ。子どもも老人も、かよわい女も。

人間の無力を思う。人間を超えた存在は、このような混乱の中でも、人の命を一つ一つ見極めて、生へ繋がる者、死にゆく者とふりわけたのだろうか。

桜子は、家族のため、大切な人のため、生きていく。混乱のなか、きらきらひかる自分の気持ちを力いっぱい抱きしめながら。桜子はこれから、どうなるのだろう。今日から9月。この一ヶ月で、この話はどのように終結するのか。達彦の帰還がなければ、桜子に救いは無いような気がするのだけれど、どうだろう…。初めの頃のルンルン気分はすっかり消え失せて、毎朝祈るような気持ちで成り行きを見守る私である。

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2006年7月29日 (土)

ある夫婦の形

このところ、絵描きの杉冬吾と専業主婦である笛子の夫婦から、目が離せない。経済的に追い詰められている上に、芸術の発表の機会は、戦時ということもありことごとくつぶされている。子どもは病気だ。先が見えない。子連れでは、女の働き口はない。食い詰めているので喧嘩になる。二人はこのまま心を合わせて、暮らしていけるのか。今日の「純情きらり」は、二人の俳優の熱演もあって、凄い見せ場だったと思う。

いつのまにか、すっかり独り立ちして暮らしている杏子が、たくましく見える。来週は、この杏子にまたもや縁談か?

「純情きらり」は、戦争が終わるまでは、暗い話が続きそうだ。坊ちゃんからの便りも、ずうっと途絶えたままだ…。

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2006年7月27日 (木)

かわいい子役

「純情きらり」では、冬吾と笛子の貧しい生活に心を痛める桜子の様子が毎回気になるこのところである。つらく悲しい時代背景だけに、暗くなりがちな朝のひととき。

その中で救いなのは、二人の子役がとってもかわいいことだ。

目が悪いはずの亨君は、普通の健康なまるまるとした赤ちゃんだし、貧しいはずの加寿子ちゃんは、笑顔が人懐っこい幼女。

一体どこで、こんなにかわいい子どもをみつけてきたんだろうねえ?

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2006年7月21日 (金)

ラピス・ラズリ

『火の山』に出てきた、天然石の「ラピス・ラズリ」は、私の誕生石。この間、同じ誕生石の妹に、プレゼントしたのだった。

幸福を呼び寄せる瑠璃色の石のはずなのに、桜子はしあわせにはなれなかったのね…。ドラマではどうなんでしょうね~。

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